樹海を走るタクシー【稲川淳二オマージュ】
私、毎年夏になると、怖い映画作っているんですよ。
場所もだいたい決まっているんですけど、富士の青木ガ原の樹海ってあるじゃないですか、そこが多いですね。樹海の中に民宿があって、その近くで、深夜撮影をするんですよ。樹海というのは、夜になると、真の闇ですよね。照明のあたるところはいいですけど、一歩明かりの外に出ると、まったくの闇で、何も見えないですよ。
ストロボ点けて写真撮ると、人物は写るけど、後ろの樹木は写らないですよね。そういう場所ですよ。そんな状況の中、撮ってて、一息入れようかと思ってね、「じゃ、休憩入れようか」って言ったんですよ。そうしたら、タバコを吸う人間も入れば、コーヒーを飲む人間もいるし、おしゃべりをしている人もいる。私は現場でもって、スタッフの女の子と、あと、何分撮って、どうなって、まぁ、取り残しはないよね……なんて、確認していたんですよ。
そんなことしながら、ふっと顔を上げたんですよね。
黒い闇の向こうなんですがね、明かりがポツンと光って、こちらに向かって来るんですよ。「あら~」って思いました。木々の間を、チラチラ、チラチラ、その明かりが、こちらに向かって来るんですよね。車だな…って思ってね、その内に、ブウゥゥゥッ……エンジン音が聞こえて来たんですが、結構なスピードで走っているんですよ。「おおっ、樹海の中、結構跳ばしてるな」って思ってね。
どうも、様子からしてその車、我々の灯りを目指して来ている様な気がするんですよね。ブウウウゥゥゥッ……そのうち、「あぁ、タクシーだ」って、気付いたんですよ。ヴロロロオォォッ!キキッー、ズザザザッッ!って、止まった。そしたら、制作の女の子が、「ご苦労です!ここまでの料金お支払いしますんで、すみません領収書下さい」って、言ってるんですよ。
ところが、ぜんぜんタクシーの方は、返事がないの。
もう一度、「すみません、あの…料金お支払いしますんで、領収書お願いします」って言っているんですがね、反応がない……その内に、後ろのドアが、ふっと開いて、若手の俳優さんが出て来た。そしたらこの人が、キョロキョロ周り見てるんですよ。あら?って思った。普通この業界ですからね、どんな時間でも、もう、車降りたらすぐに、「おはようございます!よろしくお願いします!」これ常識なんです。ところが、全然そういう様子がない。そしたら、もう一方のドアも、ヒョイと開いた。やはり、若手の俳優さんが一人出て来てね、見れば、ガタガタ、ガタガタ震えているんですよ。
あら、何か、おかしいなぁ?と思ったんですよ。相変わらず運転手さん、ボーっと、前を見てるんだ……で、その制作の女の子が、「すみません、ここまでの料金お支払いしますから、領収書お願いします」って、言ってるんですがね、まったくダメ、反応がない……で、その内、ふっと気が付いたようにね、突然ドア開けて出て来たんですよ。そして三人がちょうど、車の前に並ぶような感じになった……やっぱり様子がおかしいんで、みんなが段々と周りに集まって来たんですね。私も行ってみた。
「はい、どうも!ご苦労さん!」って言ったら、向こうで、「あっ、おはようございます!」って、言うんですよ。
「どうしたの?何かあったの?」って聞いたら、「ええ…あの~…」って言うから、「なに?良かったら、教えて」って言ったんです。そしたら、「…実は、ここへ来る途中で、恐ろしい体験してしまったんです…」って言ったんです。
この二人の俳優さんっていうのは、明日朝一番からの撮影なんですよ。で、前乗りって言ってね、前の晩に、現地に入るわけです。制作の方から、FAXが行っている訳だ。で、列車でもって、どこどこの駅で降りて、そこからタクシーで来て下さい、地図も付いている訳ですよ……
二人は言われるままに、列車に乗ってやって来た。駅で降りて、タクシーに乗って、「すみません、ここまでお願いします」って、FAXを渡す。受け取った運転手さんは、「ああ、ここね、はい解った、どうぞ!」
二人は乗り込んで、タクシーは、ブオッッ!と走り出したの。
はじめの内は、二人で話をしていたんですがね、しかし、走り出してしばらくすると、景色は変わらない、何も見えない、暗闇の樹々の間を走っているだけ、いつの間にか、眠ってしまったんですね……そしたら、その内また、目が覚めた、何だか知らないけど、タクシーがガタガタ、ガタガタ揺れているんですよ。
やけに揺れてるなぁ…どんなとこ走っているだろ?見れば、周りは鬱蒼たる木々なんですよね、何か変な感じ、そしたら、もう一人も目が覚めた、うん?まだ着かないんだ?と思った。で、二人してフロントウインドウから前方を見てみると、これが、おかしいんですよ、前方を照らすヘッドライトね、照らしているのが、土の道でもって、雑草がウサっと生えてる……
轍は見えるんですがね、周りは鬱蒼たる木々に囲まれてる……今時どんな田舎でも、車の通る道は舗装されてますからね、何でこんなとこ走っているんだろう?変なとこ走ってるなぁ…と思ったの、そしたら運転手さんが、ポツとね、独り言のように、「おかしいなぁ…道、間違えたかなぁ?…」って、言うのが聞こえた。
冗談じゃないなぁと、思いながらね、「どうしました?」って、声掛けたら、「えぇ、おかしいんですよね…方向はあっているんですがね…道間違えたかなぁ?」って言う。嫌だなぁと思ったけど黙ってた……そのままタクシーは、揺れながら走って行くんですよね。すると、しばらく行くと、明かりの先に、チラッと車の屋根の様なものが見えたもんで、「運転手さん、あれ車かな?」「ああ、そうみたいですね!地元の車だったら、道を聞いてみますよ」って、言いながら近付いていった。
タクシーが段々と近付いて行った……
そしたら、どうも様子が違うんですよね。それは、鬱蒼たる雑草にね、埋まるようにして、屋根だけが顔を出して見えているんですよ……塗装もはがれて、錆び付いている……「運転手さん…これ違いますね…」そしたら、運転手さんも、「えぇ、違いますね…」どうやら、放置車のようなんですね。
やがて、フゥーっと、タクシーが近寄った。道は狭いですからね、スピードをグウッーっと、落とすわけだ。そして、その放置車の横を擦れちがう訳ですけどね、その車、もうガラスもなければ、タイヤもない……スピード落として、このタクシーが、放置車の横を、ズズッ、ズズッ…と進み始めたの。放置車とタクシーの間は、せいぜい5、6センチ、車の間を雑草がザワザワ揺れている訳だ……
タクシーが、ズズッ、ズズッっと進んでいく、と、運転手さんの後ろに座っていた青年が、突然、「見るなぁっ!!」と叫んだの。何だ?と思ってね、叫んだ青年を見ると、膝の間に顔を伏せて、ガタガタ、ガタガタ震えてるもんだから、自分も「うわっ」と怖くなっちゃって、下向いて震えてたの……でも、運転手さんは、そうはいかないですからね、運転している訳だから、何だろう?と思いながら、ズッ、ズッ、ズッと、進んでいったの、やがてタクシーが、この放置車の横にピタッと並んだときね、突然 バン、バン、バン!バン、バン、バン!
窓を叩かれたもんだから、三人が思わず、ヒョイと窓を見た途端、「うわぁ~!!」と、悲鳴をあげた。なんと、誰もいないはずの放置車の窓から、頭から血を流した女が、上半身をヌウッと乗り出して、窓に顔をくっ付けるようにして、窓を叩いてる!そして、叩きながら、ドアをガチャガチャと開けようとしている訳だ!!「うわあぁぁぁ!!!」もう、運転手さん、夢中でアクセル踏んで、あちこち車ぶつけて、ブオォォォッ!とスピード上げてタクシーを走らせた。
やがて、塗装した道にでたもんだから、ブワッ!と走らせた……
やがて人心地ついたんで、一方の若手の俳優さんかね、「運転手さん、今のは一体なんですかね?…」って、聞いた。すると運転手さんが、「いや…前にね、放置車の中に、死体があがったって聞いたことあるけど…それかなぁ?」って言った。すると、もう一方の青年が、「でも、運転手さん、何だって、あんな道、走ったんです」って聞いた。運転手さんが、「いや…お客さん達がこっちだと言うから、走ったんですよ」って言ったんで、「いいえ…僕たち寝ていたんで、そんなこと、言っていませんよ…」って言ったら、運転手さん、「え?…じゃ、あれ、誰が言ったのかなぁ?…」って言ったそうですよ……
まぁ、運転手さん、暗いところ、一人で帰るの嫌だってことで、明るくなるまで、我々と一緒にいましたがね。で、明るくなったんで、みんなで行ってみよう、ということになったんですよ、で、行ってみた。でも、探しても、そんな道ないんだ……もちろん、そんな車もない……だけど、私は、三人が嘘を言っているとは思わない。
(了)
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