雨に濡れた悲恋の物語【怪談・怖い話】
天は雨を降らせ、地上は霧に包まれていた。私の祖父の国では、このような日に特別な儀式が営まれるのだった。
雨粒が水たまりに落ちる音が響く中、マリウスは傘を差して歩いていた。突然、寺院の鐘の音が遠くから聞こえてきた。不思議に思いながら、その音に導かれるように足を進めると、やがて葬列に出くわした。
列には知らない顔ぶればかりだったが、奇妙なことに全員が白い薔薇を手にしていた。霧に包まれた薄暗い光景の中、そのコントラストが際立っていた。葬列に紛れた人々の顔は、まるで幽霊のようにぼんやりと歪んで見えた。
周囲を見渡しても、マリウスに気づく者はいなかった。そしてあることに気づいた。自分一人だけ、真っ赤な薔薇を手にしているのだ。この異常な光景に戸惑いを覚えながらも、好奇心からその列に紛れ込んでしまった。
ゲーテは言った。「すべての理論は灰色だが、実在の樹は永遠に緑である。」しかし私の目にした世界は、言葉を失うほど鮮やかだった。
列は静かに進み、やがて寺院に到着した。扉が開かれ、マリウスは列とともに中に入っていった。そこで見たものは、まるで夢のような光景だった。花嫁姿の美しい女性が、白い円形の部屋の中央に立っていた。薔薇の花びらが舞う中、彼女は微笑みながらマリウスを見つめていた。
まるで呪縛でもされたかのように、マリウスは彼女に近づいていった。すると、その女性から聞いた言葉は、今までの人生を全て思い出させるものだった。互いに幼なじみだった日々、何度も傷つけあいながらも愛を育んでいった過程、そして結婚に至るまでの喜びと葛藤。彼女は、亡くなった自分の妻だったのだ。
それに気づいた瞬間、マリウスは声を上げて泣きそうになった。しかし次の瞬間、馬車の轟音が寺院の扉を振るわせると、夢からさめたように現実に引き戻された。周囲を見渡せば、いつもの散歩道にいるだけだった。
マリウスは混乱していた。一体あの光景は何だったのか。夢なのか、現実なのか。妻を亡くした事実もなかったのに、なぜあれほどまでに彼女の存在を思い出したのか。真っ赤な薔薇の意味は一体…。
そんな疑問を抱えながら日々が過ぎていった。マリウスは一人ぼっちだった。家族もいない孤独な老人だ。誰かに話を聞いてもらおうと、かつて自分が通っていた学校に足を運んだ。
そこであの出来事について語ると、校長から衝撃的な事実を聞かされた。「マリウス君、実はあなたには双子の姉がいたんだ。しかし生まれた直後に難産で亡くなってしまったんだ。もしかしたらあの光景は...」
双子の姉が亡くなった悲しい因縁の日。マリウスは自分が気づかぬうちに、あの世界に呼ばれていたのかもしれない。真っ赤な薔薇は、その双子の姉の魂を表していたのだろう。
マリウスはあの出来事の意味を考え続けた。やがて「あの世界は双子の姉と自分が、もし二人で生きていたら歩むはずだった人生の姿を見せてくれたのかもしれない」という結論に至った。そしてその後、毎年あの日が来ると、赤い薔薇を持ってあの路地を訪れ、故郷の風習にならい、ささやかな供養をしたという。
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