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北朝鮮国境【怪談・怖い話】

これは、ある日本人旅行者がフィリピンの小さな露店バーで、韓国から来た一人旅の青年Dと出会ったときに聞いた話だ。

そのバーは、茹だるようなフィリピンの暑さの中で、南国特有の湿気が体にまとわりつき、冷たいビールが唯一の慰めだったという。Dは、K-POPアイドルのような派手さはなく、むしろチャン・ドンゴンを彷彿とさせる爽やかなイケメンで、すぐに打ち解けた二人は、自然と怪談話に花を咲かせることになった。

Dが話し始めたのは、彼が大学生の頃に徴兵され、北朝鮮との国境地帯での経験だった。その任務は、暗い森の中で夜間にパトロールをすること。国境地帯は、脱北者や不審者が稀に通る危険な場所で、夜間は特に緊張感が漂っていた。Dと彼の同僚は、真っ暗な森の中を懐中電灯の明かりだけを頼りに、上司の厳しさを愚痴りながら歩いていた。

その時、女性のすすり泣くような声がどこからか聞こえてきた。二人は驚いて顔を見合わせ、「今の、聞こえたか?」と確認しあったが、声の方向を見てもそこにはただ風に揺れる草原しかなかった。Dたちは「風の音だろう」と自分たちを納得させ、駐屯地に戻ろうとした。だが、その時、背後の草原から何かが動く音が聞こえた。二人は息をのんで音のした方向を凝視した。

次の瞬間、彼らの背後からドタドタと何かが駆け寄る音がした。Dは後悔の念に駆られながらも振り返った。その瞬間、彼の目に飛び込んできたのは、首も手首も足首もない、人間かどうかも分からない何かだった。その“モノ”は、四つん這いになり、肘と膝で地面を這いながら、血まみれの白い民族衣装を乱れさせてこちらに向かって来る。首があったはずの場所からは、悲鳴のような、息遣いのような音が響いていた。

二人は恐怖に駆られ、叫び声を上げながら必死に逃げ出した。しかし、足がもつれ、転んでしまう。後ろからは再び迫ってくる足音が聞こえ、彼らの心臓は凍りついた。ふと頭上を見上げると、そこには月明かりに照らされた人間の首が、回転しながら浮いていた。それは彼らを鋭く睨みつけ、しかし口元には不気味な笑みを浮かべていた。

Dはもうだめだと感じ、ライフルをその首に向けて引き金を引いた。銃声が森に響き渡り、その後、辺りは静寂に包まれた。気を取り直して目を開けると、そこには何もなかった。

二人は蒼白になりながら駐屯地へ戻ったが、銃声を聞きつけた仲間たちに迎えられ、上司の前に連れて行かれた。Dは上司に、恐る恐る自分たちの体験を話した。普段は鬼のように厳しい上司が、彼の話を聞いても終始呆れた顔をしていた。そして最後に、「毎年お前のような奴が出る。皆、お前と同じような体験を話すんだ。それを報告するのも面倒なんだよ」と告げられた。

Dと相方は自室に戻り、あれはただの疲れのせいだと自分たちに言い聞かせ、床についたという。

その後、Dは兵役を終え、今では世界中を渡り歩きながら暮らしているらしい。話を聞いて震え上がった旅行者がグラスを割ってしまうのも気にせず、Dは最後にこう付け加えた。「多分、あれは脱北に失敗した人だったんだろう。せめて魂だけは南へ行きたかったんだろうな……」

[出典:219 :本当にあった怖い名無し:2022/07/20(水) 21:50:06.74 ID:ESKUhfO+0.net]


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