【全日本フィギュアで見えた未来】2020年12月28日
男女とも期待されたエースが結果を残した大会。ただ2人の未来はかなり違う。カナダの入国制限によってブライアン・オーサーらコーチ陣からの直接指導を受けられずに大会に臨んだ羽生結弦だったが圧倒的演技で優勝。以前は4回転ルッツ、今後は4回転半(アクセル)を自分の目標において戦っている。史上初のスーパースラム(すべてのメジャー大会で優勝)を達成し、世界中にライバルがいないため、モチベーションを「自分の技を磨く」にシフトしている。それだけ圧倒的で孤高の存在。それに対して宇野昌磨と鍵山優真(17歳)は両方とも4回転トゥーループとアクセルを失敗しそれぞれ190.59と180.19。GOEのマイナスがなかった羽生結弦の215.83には大きく差を付けられた。期待は5位の三浦佳生(15歳)と6位の佐藤駿(16歳)。中学生時代から4回転を飛び、期待されていた逸材だが、鍵山を含めプログラム的には羽生、宇野の2人に負けていないので(つまり飛べるジャンプの種類が同じ)次の次の五輪ではこの3人が代表になってくるだろう。しかし、まだ未来が見えていないのが男子選手の現状だ。
女子は大きな驚きがいくつかあった。まずジュニア時代から紀平梨花の後塵を拝し、シニアに無理やり上がってライバル不在の中で暴れまわっていた坂本花織と三原舞依。紀平がシニアに上がったことで、あっという間に追い越されてしまった2人だったが、驚きの姿で登場。まず三原舞依だが、体調不良での長期休業からの復活。フィギュア選手としてはぽっちゃりした体型だったが、骨と皮ばかりの痛々しい姿に。ただ、体重減はそのまま演技に生かされ、以前とは比べものにならないほどジャンプに高さと速さがあった。次に坂本花織だが、体全体が一回り大きくなった印象。欧州選手のように恵まれた体格となり、すべての演技がダイナミックとなり、最高の演技で終わった。ではなぜ坂本は紀平にまったく歯が立たないのであろうか。その理由はプログラム。
坂本花織と紀平梨花のプログラムは以下の通り。規定演技を外し、同じジャンプ(3回転フリップ+3回転トゥループ、3回転ルッツ、3回転ループ)を排除し、違っている個所だけを抽出した。
●坂本花織
3回転サルコウ(基礎点4.3)
2回転アクセル(基礎点3.3)
2回転アクセル+3回転トゥループ+2回転トゥループ(基礎点9.68)
3回転フリップ+2回転トゥループ(基礎点7.26)
合計24.54
●紀平梨花は
4回転サルコウ(基礎点9.7)
3回転アクセル(基礎点8.0)
3回転フリップ+オイラー+3回転サルコウ(基礎点10.1)
2回転アクセル+3回転トゥループ(基礎点8.25)
合計36.05
ここで約11点もの差がついている(これはすべて基礎点だけの話で実際の点数は無視している)。最終的な点数は坂本花織の222.17に対して紀平梨花が234.24と12点差なので、ほとんどは基礎点の違いだ。つまり1つ1つの演技では差がないが、できるプログラムに差がある。具体的には4回転と3回転半の2つだ。
紀平梨花には安藤美姫以来の4回転成功に目が向いていたが、紀平は昨シーズンすでに8割方4回転サルコウに成功している。あえてプログラムに入れていなかったのは演技プログラム内での親和性と技の精度を高めるため。今、彼女がやっているのは4回転の成功のあとの3回転アクセル。ただ4回転が飛べるだけのロシア勢と違い、GOE(出来栄え点)で女子選手では最高評価とも言える3以上を得ている紀平は4回転サルコウの基礎点9.7を13.0にしている。さらに3回転アクセルの基礎点8.0も11.0にできるため、出だしの演技1分足らずでいきなり24.0を獲得するのだ。
坂本は素晴らしい演技をした。たぶんこのプログラムではこの点数以上を出すことは不可能というか、出来栄え点も含め最高の点数だった。それでも紀平との差がここまであるのは3回転アクセルと4回転が飛べないから。それもロシア勢のようにただ飛ぶだけではなく、出来栄え点も含めた高い精度でのジャンプだ。坂本は体格を強化し、日本人が有利な小柄な体型を捨ててしまったため、選手生命はあと2年程度しか残されていまい。次の冬季五輪までに4回転を身につけないと紀平はおろかロシア勢にも勝つことは難しいだろう。
さらに女子には嬉しい驚きがあった。以前、これから活躍が期待されるとしていた白岩優奈、横井ゆは菜、山下真瑚の3人は順当に結果を出したが、その次の世代が早くも出てきたことだ。4回転を公式で飛べる日本人は紀平のみだが(中学生は体が軽いので飛べる選手は多い)3回転アクセルは紀平以外では樋口新葉(全日本7位)、河辺愛菜(全日本6位)、吉田陽菜(全日本16位)の3人が飛べる。樋口新葉はもう成長は難しいが、河辺、吉田の2人はまだ15と16歳であり、将来性がある。2人とも4回転を練習中で、特に河辺はコンビネーションジャンプは世界レベル。さらに今回の全日本で4位に入った松生理乃の成長速度が素晴らしい。以前はスケーティングは素晴らしいがジャンプはまるでダメな選手であったが、今やアクセル以外のすべてのジャンプを飛び、コンビネーションもこなす。現在は4回転サルコウと4回転トゥループを習得し、来期からのプログラム化を狙っている状態。16歳の松生理乃、河辺愛菜、15歳の吉田陽菜、この高校生3人が将来的に世界を席捲するのは想像に難しいことはでない。男子と違い、女子の将来は明るい。今後体重増加でダメになっていくロシア勢に対し、日本人が上位にくることは間違いないだろう。