【ブレードランナーとシド・ミード】2023年2月11日
先日、久々にシド・ミードの名前を聞いたので、ちょっとばかり長いコラムを。
80年代のSF界でもっとも大きなトピックスは「サイバーパンク」という言葉の誕生だろう。日本を舞台に近未来世界を描いた「ニューロマンサー」(1984年)がその中心で、サイバーパンクとは、作者であるウィリアム・ギブスンとその友人であり「スキズマトリックス」などの作者であるブルース・スターリングによって世界中に広まった世界観を表現する言葉だ。のちに日本でも漫画「攻殻機動隊」で有名になるが、作者の士郎政宗はデビュー作である漫画「アップルシード」の中で似た世界観を表現。遅筆であるため発表が1985年と1年遅れたが、実際には数年前から書き起こしをスタートさせており、世界でもっとも早くサイバーパンクの世界観を世に出した人物だったといえるだろう。
そんなサイバーパンクだが、1982年に公開されたリドリー・スコット監督の「ブレードランナー」はその世界観のすべてを表現していた。ウィリアム・ギブスンはこの映画の存在を知って劇場に足を運んだが、映画が始まって数分で出てしまったという。それだけ彼が考えていた世界観と酷似しており、悔しさで夜も眠れなかったという。あいにくこの映画はヒットすることなく、この世界観が世界に広まることはなかった。
当時の世界情勢といえば、欧州、米国の力が弱まり、半導体の重要度が増したことから日本の価値がどんどん上がり、軍事力では世界を征服できなかった日本が経済力で世界を制し始めていると世界中の国が危機感を持ち始めた時期。当の日本はあまりに急速な経済成長に付いていけず、議論されたのは足りないオフィスをどこに作るかという平和なもの。そのころから東京から地方へと経済圏、もしくは国家運営機関を移すことが議論され、首都遷都も具体的に話し合われ、仙台市などが実際に手をあげた。幕張は経済圏の移行が具体的に行われた街であり、キャノンをはじめ多くの世界企業が本社機能を移し、世界中から注目されていた。
そんな日本への恐怖と尊敬がもっとも早く表現されたのがSFの世界。ニューロマンサーの舞台は千葉市であり、ブレードランナーは日本の影響を強く受けたロサンゼルスが舞台だ。ハリソン・フォード演じるデッカード刑事が日本人店員とのやりとりでうどんを注文するシーンは今もパロディにされるほど有名だ。
ちなみにブレードランナーは突如生まれたものではなく、1968年にフィリップ・K・ディックによって発表されたSF界の金字塔「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」が原作であるが、設定も内容も大きく変わり、主人公の名前くらいしか原形を留めていない。ちなみにブレードランナーも人造人間を表すレプリカントも映画オリジナルの名前と設定だ。ちなみに時代設定は2019年もしくは2020年。すでにこの時代は過去の未来となっている。
デビュー作の「エイリアン」で大成功を収めたリドリー・スコットだったが、第二作目であったブレードランナーは大失敗。理由は難解すぎる内容と米国人が好まないあやふやな結末。しかしこれが多くのクリエイターたちに影響を与えることになった。
主役のハリソン・フォードはスターウォーズシリーズでトップ俳優となったものの、自分が主役でありながらの失敗で、黒歴史としていた。リドリー・スコットはこのあとの作品でも失敗し、1989年にはブレードランナーの日本版とも言われる「ブラックレイン」や「テルマ&ルイーズ」などでスマッシュヒットを飛ばすが、本当の復活は2000年公開の「グラディエーター」そしてエイリアンの前日譚「プロメテウス」、興行的にも大成功となった「オデッセイ」まで待たなくてはならない。ちなみに世界中で大ヒットした「エイリアン2」はターミネーターやアバター、タイタニックなどのヒットメーカーであるジェームズ・キャメロンの監督作品。
興行的な失敗で制作スタッフからも忌み嫌われたブレードランナーであるが、唯一この作品を代表的なものと捉えたのがシド・ミードだ。当時映画業界では無名だった彼は映画に登場するクルマの一部をデザインするだけだったが、それが認められ、映画の中で本筋まで変えるとまで言われるリドリーによって必要のないアイテムやマシンのデザインを次々とさせられることになった。
その中でももっとも印象的なのがフォークト=カンプフ・マシン。主人公デッカードが人間と区別の付かないレプリカントをいくつかの言葉のやりとりで見破る際に使う道具。有機体のように見える工業デザインという新しい分野を築き、その後「エイリアン2」での一連のデザインで世界的に有名となる。日本での仕事も多く、80年代からさまざまな企業のイベントのデザインやCM、実際の製品を残しており、一般的には2005年の「愛・地球博」で展示された宇宙船ネモニック号やアニメ「宇宙戦艦ヤマト」の続編であるYAMATO2520のデザイン、「∀ガンダム」の一連のモビルスーツデザインなどを行った。
ブレードランナーをもっとも好意的に見ている製作側の唯一のスタッフと言ってもいい存在で、2017年公開の続編「ブレードランナー2049」にも参加。この映画を最後にシド・ミードは2019年末に永眠することになった。
久々に聞いたシド・ミードの名前。すでに二桁は見ているブレードランナーをもう一度観てみたくなった。