【伝説の終わりと始まり】2023年1月22日

 中学生棋士としてデビューした羽生善治の最初のタイトルは1989年で、その後もっとも永世獲得に苦労することになる竜王だった。読売新聞主催タイトルで、元は九段、その後十段となり1988年から竜王となったもの。初代タイトルホルダーは島朗。その次の年に防衛できず生涯唯一のタイトルとなったが、羽生に負けた際「羽生善治の最初のタイトルの対戦相手として私の名前は永遠に残る」という名言を残し、それは現実のものとなった。

 ここから羽生の伝説は始まり、通算優勝回数152回、タイトル獲得99期。唯一の7冠となり、5期以上獲得した際に得られる「永世」も全タイトルで実現。漫画やアニメの世界でも描ききれないほどの伝説を作り上げた棋士だ。特に7冠獲得は伝説中の伝説として長く語り継がれている。羽生は7冠初挑戦の25歳の時に阪神淡路大震災被災直後の谷川浩司に敗れた。ただその1年後、すべてのタイトルを防衛し、再び谷川に挑戦。圧倒的な強さで4連勝し、7冠となったのだ。

 羽生の記録は今世紀、いや次世紀に入っても破られないだろうと予想されていたが、ついにその伝説を上回る伝説の棋士が登場した。藤井聡太だ。

 彼もまた中学生棋士としてデビューし、羽生や谷川浩司をはじめとする名だたる棋士が持っていた最年少記録のほとんどを更新。初タイトル獲得年齢は谷川を超えることはできなかったが、2冠から5冠まではすべて記録更新。順位戦でA級に上がったことから名人位への挑戦が可能となったため8冠(2017年より対コンピュータ対戦の電王が叡王となってタイトル戦に昇格し全8冠となった)が見えてきている。可能性はとても高く、現在5冠を持つ20歳の藤井聡太が当時26歳だった羽生の達成した7冠の年齢を更新するのはもちろん、史上初の8冠がすぐ目の前まで来ている。

 ただ、伝説はそう簡単には作ることができない。羽生との対戦成績は圧倒的に上回る藤井聡太だったが、52歳という年齢にも関わらず羽生善治は過去に見たことのない新たな手を繰り出して2戦目を勝利。7番勝負なので4勝した者がタイトル獲得となるが、この王将位だけで12回もタイトル保持者となった羽生は勝負どころを熟知している。そして何より、現在タイトル獲得が99期の羽生は100期という大きな区切りが見えているのだ。彼がタイトル戦に出てくるのはもう何度もないだろう。そして、ここぞという時の羽生の強さは多くの人が知っている。伝説の終わりが自分を超える可能性の高い棋士である藤井聡太からの勝利という筋書きは、どんな脚本家でも作り出すことのできないものだろう。

 藤井聡太伝説の「始まり」の前に、羽生善治伝説を締めくくる「終わり」を我々に見せてほしい。

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