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黒山家の秘密 第九話

「……ふーん」
 長髪の女性は、俺と理花を上から下までじろっと見ると、長いため息をついてその場を去って行く。
「あ、あの! 君は」
「なんであんた達には『悪意』が無いのよ。こっちは焼き尽くしたくてしょうがないのに」
「え?」
 カツカツと靴音を鳴らして去って行った先は、先ほど車から見ていた立派な洋風の建物だ。改めてみると、本当に豪華だ。
「ふたりとも、怒らないであげてね」
 咲楽さんは少し困ったように笑いながらそう言う。
「あの子はちょーっと人付き合いが苦手な子ってだけだから」
「そうなんですか? 俺のことすっごく睨んでましたけど」
「まあ、気にしないでやってくれ。あの子は少々複雑な家系でね」
 ルリさんは咲楽さんに視線を送る。問題ないんじゃない? と言う視線を送った咲楽さんを見て頷くと、俺達にこう言った。
「木原未来(きはらみく)、あの子は酒呑童子の妻『撫子』の血筋――つまりは妖の血が混ざっている家系の、末裔なんだ」

 お屋敷の使用人に案内された場所は、かなり広めのホールのような場所だ。
ステンドグラスから差し込むキラキラとした日の光に照らされたその場所は、中央に立つトコさんを囲む形で、十二支の文字が書かれたソファとサイドテーブルが円を描くように置かれていた。
「じゃ、優一くん、理花ちゃん、また後でね」
「はい……あ」
 咲楽さんはそう言うと、白い光の塊となって、ルリさんの体内へと消えていった。ルリさんは俺達に微笑むと、ボク達にソファにかけるように促す。『ユウイチ』
「ん、どうしたの?」
 ラピスが話しかけてきた。なんだかそわそわとした声色だ。
『知らない場所だ……いろんな匂いと気配がする』
「そうだね」
 俺はそう言いながらソファに座る。理花も「丑」と書かれた場所に腰掛けた。目が合うと遠慮がちにこちらに手を振るので、俺は少し頬が熱くなるのを感じつつ、振り返す。
「はーかったりいなあー」
「つばきちゃん。新発売のお菓子、食べる?」
 先日会った亥ノ塚先輩と、長月先輩がホールに入ってきた。亥ノ塚先輩の方は一口だけ長月先輩からお菓子を貰うと、気だるげにソファに身を預ける。長月先輩はチョコレート菓子を食べながら席に着いた。
「おおおおおお俺は緊張してない緊張してない緊張してる……うおおぉ」 左のほっぺにガーゼを付けた男の子が何やらブツブツ言いながら入ってきた。あれ、この間の子だ。パチッと視線が合うと
「あ、先輩! はざっす!」
 男の子は僕の側まで走ってきて、勢いよくお辞儀をする。
「え、先輩?! 俺が?」
「ッス! こないだはありがとうございました。俺、つえー人好きなんで、憧れるッス!」
「あ、いや、でも……この間はその、つい魔が差したというか。ええと」「え、でも助けてくれましたよね? オレに絡んできたヤンキーをこう、ぐわっと!」
 彼は俺がヤンキーに繰り出した拳を再現するように体を動かす。
俺はハッと亥ノ塚先輩を見る。ニヤニヤとこちらを見ているので、変な汗が止まらなくなる。にやついた頬に『本当は御法度なんだがな』という言葉が書いてあるみたいだ。
「ちょっと静かにしてくれない、声が響いてうるさいんだけど」
 いつの間にか現れていた彼女……木原未来は不快そうにこちらをじとっと見ている。すでにソファに腰掛け、腕と足を組んでいかにも不快そうな顔。ものすごくイライラしている。
「あ、すみません。君も席に着いた方が良いよ」
「ッスね。あ! オレは佐野大虎です。えーと……『寅』なんで、覚えてくれると嬉しいッス! じゃ!」
 大虎くんはさっきとは打って変わってるんるんとした足取りで、席に着いた。
「皆様、お揃いですかな?」
 中央で佇んでいたトコさんがそう言い、うやうやしく一礼すると静寂が訪れた。みんな一様に彼に視線を注ぐ。
「では、十二支会議を始めます……おや?」
 遠くの方からカツカツとヒールの音が響いてきて、ホールの扉が開かれる。ショートボブのスラッとした美女が現れた。
「遅れて申し訳ありません」
「おや、玲さま。今日は欠席と伺っていましたが」
「いいえ、この非常時にそんなことを言ってられません。わたしも参加します」
 玲さん、と呼ばれたその人は、ボクの隣の「酉」と書かれた場所に腰掛ける。俺と視線が合うと微笑まれたので、恥ずかしさで俺は思わず視線をそらした。
「コホン、では改めて。ワタシは卯月家の使用人のトコでございます。招待状をお渡した際にお会いしただけですので、改めてご挨拶を」
 トコさんは自分を囲むように座る俺達に視線を送り、頷く。
「なあトコさん。『子』と『申』がいねえぞ」
 亥ノ塚先輩がトコさんにそう尋ねた。そういえば、その席は確かに空いている。あれ、「辰」と「巳」も空席だ。
「『子』の新子さまは今回、あるお手伝いをお願いしておりますので、この場にはおりませんが出席でございます。後ほど詳細をご説明いたしますので、ご安心ください。『申』の方は……そうですねえ」
 トコさんは口元に手をやり、何やら思案している。どう説明すれば良いか、迷っているようだ。
「まあ今回は欠席ですが、いずれお会いできますのでそちらもご安心ください。『辰』と『巳』のお二人のことをご存じではない方も今回いらっしゃいますので、まずはこのお二方についてご説明しますね」
 トコさんは一息置くと、こう語り始めた。
「かの大妖怪『酒呑童子』の封印を維持するべく、脈々と続く十二支の家系。ですが、『辰』の家、そして『巳』の家は非常に希有けうな家系でございます。『辰』は不死、『巳』は不老の力を宿しております。それゆえ、あまり表には現れません。あくまでこのふたつの家は、我々がどうしようもなったときにはじめて動く、という形を取られております」
「それって……そのふたつの家は」
 大虎くんが冷や汗を流しながら、こう呟く。
「妖に近い、ってことッスか?」
「そうですね、簡単に言えばそうなります」
 トコさんは何でもないような言い方で頷く。そうか、そういう家もありなのか――
「トコさん、ひとつお伺いしたいのですが」
「何でしょう、玲さま」
「この空間に一匹、妙ちきりんな妖が紛れ込んでいませんか?」
「えっ」
 玲さんは不快そうに顔をゆがめてそう言うと、立ち上がって気配を探るように辺りを見回す。
 動揺する理花、目を見開き冷や汗を流す大虎くん、目を伏せて我関せずなルリさんと、木原さん。
「へえ、どこにいんだ?」となにやら面白そうにしている亥ノ塚先輩、空箱をひっくり返し、お菓子がなくなったことにしょんぼりしている長月先輩――
 そしてその空気ががらりと変わる、妙ちきりんな声が聞こえてきた。
「おや、バレてしまいましたか」
 玲さんはその声のする方へ勢いよく指を向ける。指先から白銀の羽が現れると、猛スピードで声の主がいる場所へと飛んでいく。だが、羽はそのスピードを失うと、ピタリと空に静止した。
「おやおや、おてんばなお嬢様がひとり」
「トコさん、ここのセキュリティはどうなっているのです! 妖一匹も入れない結界は!?」
 玲さんは取り乱したかのように叫ぶ。俺はその隣で、羽が静止している場所を見た。その場所は薄暗いのでなんとなくしか見えないが――
尾が二本に分かれた、着物を着た猫……? のようなもの。頭には何やら風変わりな冠が乗せられている。尾が裂けているということは、猫又だろうか?
「玲さま、落ち着いてください」
「落ち着けるわけないでしょう! 妖は我々の敵、それ以上でも以下でもありませんっ」
「やれやれ、人は呪わない主義ですのに……お嬢さん、落ち着きなさって」「!」
 猫又が足でぐるりと右回りの円を描くと、玲さんのからだが硬直する。そのまま数秒間固まっていたが、猫又が今度は左回りの円を描く。そうすると、玲さんの身体は力を失ったかのようにソファへと倒れ込んだ。
「ふう、やれやれ。しばらく眠らせておきましょうか、トコ殿?」
「お手数をおかけしてすみません。彼女は少々気が立っていまして」
 猫又はしゅたんとその場から跳ねると、トコさんの近くに置かれたサイドテーブルの上に乗った。顔のサイドにある耳……と思われる場所を動かし、少し前足を舐めた。
「猫又の猫麻呂でございます。以後お見知りおきを、皆様方……ああ、ワタシが気に入らないからといって、くれぐれも皮を剥いで三味線の材料にされることのないように、お願いしますね」

「猫又がいるネ」
「ああ、あの裏切り者がこの中にいる」
 敷地内の気配を探るように、鬼の面を付けた男と、カラクリの少女が結界のギリギリ外で立っていた。
「琥珀(こはく)、身体の方はもう良いのか」
「姉様がしっかり直してくれたから大丈夫ヨ! というより、ソレは心配? それとも、姉様から聞けって言われたノ?」
「……」
 男は琥珀という名の人形から視線をそらす。
「……ふーん? まあ、君に意思なんか残ってたら大問題なんだけドネ」
琥珀は結界を見つめながら嬉しそうに目を細める。
「さあて、今日は何人始末できるカナ?」

「さて、出席できる方はすべてお揃いですので、まずはこちらを」
 トコさんがそ言い手をあげると、小さなウサギ……と言うより、式神といったところだろうか。その子達がスマートフォンに似た端末を運んできた。それぞれのサイドテーブルに置くと、ぺこりとお辞儀をして消えてしまった。
「ああ……スマートフォン。なんてそそる響きでしょうなあ。人間の科学技術には感嘆致しますぞ」
 猫麻呂は目を輝かせて俺達の手元を見つめた。
「おや猫麻呂さま、やはりあの計画は諦めておられませんね?」
「『妖界にキャッシュレスを』計画ですな、もちろんですとも!」
 ……変わった妖だなあ。そう思っていると、電源が入り、画面が光った。時刻の代わりに「Now Loading」の文字が表示されている。
「今回はまだ力を制御できていない、もしくは力が弱い方のために、戦闘訓練をいたします」
「え? 戦闘訓練?」
 大虎くんが少し身を乗り出した。トコさんは頷き
「はい。あなた方は今後、妖に狙われる可能性が非常に高い」
 と、落ち着いた口調でそう言った。しん……とその場が静寂に包み込まれる。
「すでに戦ったことのある方はご存じでしょうが、妖はそこらに潜んでおります。あなた方の命を、そして十二支の魂を『破壊』すべく動いております」
 思わず気になって「丑」のソファをみると、理花は息を呑んでいた。非常に怯えている。
「遭遇率はどのくらいでしょうか?」
 隣の席の玲さんは、冷たい声色でそう言った。
「その子にもよる……けど、ほぼみんな妖に狙われる……」
 答えたのはトコさんではなく、長月先輩だった。彼女は淡々と、こう語りはじめる。
「『卯』が判じたことだから、本当……ただ、個々によって狙われる確率は変わる。私たちの力は、均一じゃないから……」
「それを底上げし、戦いに備える。そのための訓練でございますから」
 トコさんは頷き、告げた。理花はワンピースを握りしめ、恐怖に耐えている。
「簡単にご説明いたしますね。皆さんはすでに、体内に十二支の力が与えられていますね。個々の状態によって、最初に備わっている霊力は変わりますが……」
 そう言うとトコさんは、どこからともなくホワイトボードを持ってきて、箇条書きで説明をはじめる。
「まずは最初の段階。この状態の時は、体内に十二支が宿している霊力と、それぞれの十二支特有の能力のみを備えています。大虎さま、そしてイレギュラーにはなりますが、宇佐美さま、白椿さまもこの段階です」
 チッ! っと舌打ちをして、亥ノ塚先輩は不快そうだ。大虎くんはふんふんと頷いている。
「次の段階は、ある一定時間体内から十二支が顕現する状態。簡単に申し上げますと霊力レベルは2、と言ったところでしょうか。十二支の能力が使える状態のことです。理花さま、未来さまがこの段階です」
 フンと不快そうに鼻を鳴らす木原さんとは対照的に、少し安心したように理花は息を吐いた。あの丑なら、確かに理花をサポートしてくれそうだ。「そしてその次。霊力レベルは3ですね。十二支の力を借り、ある程度の戦闘が出来る方はここに該当します。新子さま、玲さまがこの段階です」
『へえー、新子くんは戦えるようになったんだねえ! 良いことじゃないか』
「わあ! 馬だ!」
 咲楽さんが感心したように登場した。けど、「午」本来の姿で出てくるということは……。
『ああ! 君が寅の子かあ、はじめまして、咲楽だよー』
「咲楽、今説明して貰っているから、おとなしくしていてくれるかな?」『あはは、ごめんねー引っ込むから』
「いえ、咲楽さまはそのままでお願いします。説明するのにとてもわかりやすいお姿ですので」
『だってさ、ルリ』
 ルリさんは頷いて、姿勢を正す。トコさんはコホンと咳払いをして続きを話し始める。
「さて。ルリさまは最終段階の、十二支完全顕現が可能ですね。レベルは一番強い状態でございます。それは彼女の……いえ、ここからはプライバシーのお話でございますね、失礼致しました」
「構わないわよ。だって、周知の事実でしょう? 彼女の霊力、それが何故膨大か」
 木原さんはやれやれといった様子で首をふる。
「妖に呪いまじないをかけられ、生まれたときには妖だった。それを彼女のお母様、お父様と咲楽様が、膨大な霊力でルリさんを人でなくなることを食い止めた。その事件が功を奏して、ルリさんの体は強い妖の力を霊力へと変える特殊なものに生まれ変わった……そうでしょう?」
「ああ、とてもわかりやすい説明ありがとう。感謝する」
 ルリさんは何でもないようなことを話すように、言う。
「……そうですね。十二支を完全顕現できる方はお二人、ルリさまと優一さまです」
「え、俺ですか!?」
 突然告げられたことに、俺は動揺した。だって、そんな能力なんてないのに――「すっげえ……先輩って、やっぱつえーんだ」
 大虎くんがキラキラとした目でこちらを見てくるけど、そんなの何かの間違いに決まってる。だって、ラピスは一度も――
 そうしていると、サイドテーブルの端末が一斉に鳴った。
「ああ、戦闘訓練開始のお知らせです。どうぞ、皆さん着信を確認してください」
 説明の途中なのに……そう思いながらも端末を触ると、画面には眼鏡をかけ、目の下に隈を作った男の人が映し出された。
『えーと、聞こえてるかな゛ッ、ゴホンッ……あー、痰が絡んだ。えー、聞こえていたら何かしらアクションを返して欲しいな』
「アクション……?」
『あ、これ同時接続のオンライン通話だからね。ちゃんと聞こえているようだね、優一くん』
「は、はい……」
『はい、佐野くんオッケー、丑尾田さんオッケー、ルリさんオッケー……みんな大丈夫ぽいね、うん』
 モニターの向こうの彼はうんうん上出来と満足そうに頷いた。
『では、今後の進行はボク、「子」の新子が担当するから、よろしく』
「よろしくお願いします」
俺は端末越しにお辞儀をする。
『うん。じゃあ、転送用の結界を起動するから、みんな端末を持ってソファの中央に集合してくれるかな?』
 俺は頷いて、指示通り動いた。皆何が起こるのか困惑したり、これから何が起こるのかとわくわくしたりしている。
『起動確認。座標認証。転移先の座標の安全を確認。通信状態良好……さあ、皆、覚悟は出来たかな?』
 クックックと新子さんは隈が濃い顔で笑う。なんだか嫌な予感――
『転送開始! じゃ、足下に気をつけて』
「え、何何! ギャーッ!」
 僕たち全員の身体が浮き上がる。何だか体がふわふわと宙に浮いて、不安だ。
「ゆ、ゆーくん。私……!」
「理花、どこでも良いから俺に掴まっ……」
『じゃあ、いってらっしゃい!』
 その絶叫にも似た合図で、俺達はすでに開いていた天井から建物の外へと放り出される。
ど、どうなるんだこれ!
「皆様、くれぐれもお気を付けてー!」
 豆粒ほどの大きさに見えるトコさんが、悠長に手を振っているのを見たのが最後だった。

「あっれー、察知されちゃったかナア?」
 昼間には珍しい流れ星のようなものを見て、琥珀は何だか嬉しそうに笑っている。
「問題ない。転送結界を使うのなら、こちらはそれを追えば良い……」
 仮面の男は足下に結界を描くために、指先を地面に走らせる。
「なるほどね、じゃあ行コウ」
「……今度はちゃんと働けよ、琥珀」
「それはこっちの台詞よ、姉様の『タカラモノ』」
 一人と一体は、結界の内側に立ち、目を閉じた。
 白い光の筋を追うように、禍々しい紫色の光が空に飛んでいった。


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