猫又の記憶の断片 その1
それは、とおいとおい、むかしむかしのお話。
あるところに、それはそれは栄えた家から逃げ出した青年がおりました。
青年は、本来その家の人間には相応しくない力を宿しておりました。
彼はその身に宿した「妖力」を疎まれ、蔑まれ、彼の母は彼を産んだことを責められました。
彼は成人する頃、自分はこの家を出ていくから、どうか母だけは許して欲しい、と父の前で泣きながら両手をつき、頭を床に擦り付けました。
その頃の母の心は荒み、もう限界でした。
ある朝、青年が目を覚ますと、彼女の身体は冷たくなっておりました。
動かなくなった母を見て、青年は泣き喚きました。母の葬儀の後、彼女の墓前で腹を切ろうとしましたが、自分と母の恨みを晴らすまで死ねないという想いが、それを邪魔しました。
青年は逃げ出しました。家からも、現実からも逃げて逃げて、とうとう己の家が管理する「ある場所」へと、たどり着いたのです。
そこは、本来彼が一番近寄ってはならない場所。彼が関わることは、許されない場所でございます。
青年は、その場所へと傷だらけの足を運ぶのでした。
★
厳かな雰囲気と、溢れんばかりの霊力が、そこにはありました。
その場所は、かの大妖怪「酒呑童子」が眠る禁忌の地。
青年は血走った目を見開き、半分狂ったように笑いながら、その身に余る妖力を解き放ちます。
するとどうでしょう。大妖怪の、歓喜に満ち溢れた地響きに似た笑い声が、その場に響きました。
青年は、全て壊したかったのです。死なば諸共、家も、自分自身も壊して、無に帰って仕舞えばいい。
ーーそうすれば、むしろ全て許されるのではないのかと、一縷の希望さえ持っておりました。
青年は力を解放したあと、その場に倒れ込みます。青年に近寄った酒呑童子は、その身体を抱えて山の奥へと消えていきました。
青年の名は瑞雅(みずまさ)。
後に猫の魂と混じり、猫又へと変貌する男でございます。
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