海と共に 第三話 ー共謀編ー
「じいちゃん、コイツのことなんだけど」
『ほお! そんなものを捕まえたか』
竜輝は自室のパソコンで祖父と通話していた。先ほど連れて帰ってきた吸血鬼(今はコウモリのようになってピクリとも動かないが)の足をつまみ、パソコンに搭載されているカメラ越しに祖父に見せている。
竜輝の祖父は昔から人智を超えたモノーー妖怪や西洋の怪物について詳しい人だ。
昔はカッパに会いに行くだの、本気でネッシーを捕まえるだの、雪男が出た山に行ってくるだのと祖母を困らせていたらしい。
今は仕事の関係でイギリスに滞在している。
『そいつは吸血鬼だろうなあ』
「じいちゃん、吸血鬼って?」
『人の生き血を食らう人ではないもの、と言えばいいかな? ほれ、映画や小説でも良く取り上げられとるだろう』
「あー、ゲームとかにも出てくるなそういえば。確か……日光がダメだったり、鏡に映らなかったり、後は」
「人に招かれないと家へ入れない」
手に持ったコウモリが突然喋った。画面の向こうで祖父が『おおっ!』と歓声を上げる。コウモリの形をした吸血鬼は、憎らしそうに竜輝をにらみつけながら
「何なんだお前は、ニンゲンのくせにボクを弱体化させるなど……ヴァンパイアハンターの血筋なのか?」
と不愉快そうに吐き捨てる。
『竜輝、そいつを丈夫な糸か何かでぐるぐるにして、ベランダに干しておきなさい。朝日が昇ると共に消え失せるだろうから』
「分かった」
「ちょ、ちょっと待て……!」
「何だ」
「ボクは殺されるのか?」
先ほどまでの強気な態度から、急に怯え始めた吸血鬼を、竜輝はにらみつける。
「当たり前だろ? お前は人間を襲ってる。被害にあった人達はまだ入院してるんだ。罪は償ってもらうぞ」
「……ニンゲンも他の命をすすって生きているというのに」
ぽつりとそうこぼすが、竜輝は祖父に言われたとおりに自宅の棚を探り始めた。
『なあ吸血鬼』
モニターの向こうから、竜輝の祖父が言う。吸血鬼は
「なんだ」
と面倒そうに返事をする。
『お前は西洋の怪物だ。何故日本に、しかもそんな小さな島にいるのだ』
「……お前のそれに答える義理は、ボクには無いよ」
吸血鬼はフン、とそっぽを向いた。
『竜輝、くれぐれも吸血鬼の言葉に耳を貸すなよ。じゃあ、おやすみ』
「うん、分かった。じいちゃん、おやすみ」
通話終了の画面を確認すると、竜輝はパタンとノートパソコンを伏せた。
「おいお前」
吸血鬼が話しかけるが
「話は聞かない」
竜輝は首を振りながら吸血鬼をタコ糸で縛り始めた。
「貴様、あの女の子とが好きなのだろう?」
「は……」
竜輝が手を止める。図星なのか、顔が真っ赤に染め、だらだらと額から汗が落ちていった。
「クックッ……ウブなやつめ。なら話は早い。この糸をほどけ」
「こ、断る」
竜輝はぶんぶんと首を振りながら、よりキツく糸を絡めていく。けれど、その手は震えていた。
「ボクなら君の願いを叶えてあげられるのだが。なあ、タツキ?」
「ね、願い?」
吸血鬼はほくそ笑むように口の端を上げる。
「ボクの事を殺さないでくれるのなら、あの女との恋を成就させてやる。どうだ、悪い話では無いだろう?」
「なっ……」
「なあタツキ、よく考えろ。ボク達吸血鬼は女が喜ぶテクニックを知っている。ボクを生かしてくれるのであれば、それら全てを教えよう」
「……本当か」
「ああ、ボクはお前にウソをつかない」
「……」
竜輝は思考を巡らせる。竜輝はこころが好きだ。登下校時にずっと彼女の後ろ姿を見つめたり、廊下ですれ違ったときに香りを思わず嗅いでしまったりーーそれはもう、もうどうしようもないくらいの感情を抱いている。
そんな恋心をくすぐるようなテクニックとやらをチラつかせてくるなんて、とは思うのだが、彼女と付き合えるのであればそれも良いのかもしれない。
「……嘘じゃないな?」
「もちろん。嘘だと思ったときにボクを殺せば良い話だろう? さあ、どうする」
「……その時は、絶対殺してやるからな」
竜輝ははさみで吸血鬼の身体の糸を切っていく。自由になった吸血鬼は笑って
「では契約成立、だな?」
吸血鬼はその身に力を込めると、元の姿へと戻った。整った顔立ちに、スラリとした身体。その背中から生えた黒いコウモリのような翼を嬉しそうにはためかせる。
「タツキ、ファミリーネームは」
「……相崎」
「ならばアイザキタツキよ、今からお前はボクと契約する。さあ、手を」
竜輝がおそるおそる右手を差し出すと、吸血鬼はその手の甲にほんの少しだけ噛みついた。竜輝がその痛みに耐えていると、吸血鬼はにやりと笑う。
竜輝の右手には傷ではなく、禍々しい印が浮かんで、消えた。
「契約成立だ」
翌日の日没後。竜輝が学校から帰宅すると、吸血鬼は寝床(と言う名の竜輝の影)からするりと姿を現すと
「血を……血液をよこせー!」
と夜の闇に羽ばたこうとしていく。
「悪霊退散!」
竜輝に十字架を掲げられて、ミソハギは黒煙を上げる。その青白い肌は、みるみるうちに焦げていった。
「ギャー! やめろやめろっ! キミ、ほんっとにボクを殺す気だろ!?」
「いや、お前が変質者と間違えられて捕まったら、俺まで変な目で見られるから……ちょっと焼いとこうと思って」
「焼くなバカ! ボクはな、生きるために血が必要なんだよ! 食事を取ってないんだぞ!? 美女の血を吸えないまま死にたくない!」
「は? 夜明け前お前が騒ぐから、飲ませただろ?」
何言ってんだコイツ、と言う顔で竜輝は白い目でミソハギを見た。
「あれは生の魚の血だろ!? 魚の血液なんか軽食にもならんわ! 生臭いったらありゃしないっ」
「……分かった。そんなに人間の血が欲しいなら」
「ちょ、どこ行くんだよ」
竜輝はスタスタと台所へと向かう。
「ちょっと包丁で指切ってくる。待ってろ」
「オイオイオイ! お前みたいなゴツゴツの野郎の血なんか絶対要らないからヤメロ!」
前途多難ーーその言葉が吸血にの脳裏をかすめた。
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