黒山家の秘密 第五話
理花を保健室のベッドに寝かせて、俺はふうと息をつく。
咲楽さんは理花の頭を優しく撫でていた。理花の傷は驚くほどキレイさっぱり治っていて、俺は驚いた。あとは、目覚めるのを待つだけだーー
「さっきの妖は「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」と言ってね。まあ簡単言えば小さな妖達の集合体みたいなものなんだ。普段は大人しいんだけれど……」
そう言って、咲楽さんは窓辺へと移動した。指先がガラスに触れる。窓からは桜の木が立つ中庭がよく見えた。
「どうやら、私達が探している酒呑童子の妻がけしかけたようだね。優一くん、あの出来事の前に何か怪しいヒトやモノはあったかい?」
「いえ、何も……俺は理花と話してて、その後購買部の撫子さんと話してただけなので」
「そっか……」
咲楽さんは少し眉間にしわを寄せていたが、俺の顔を見て、笑顔を作る。
「優一くん、理花のことは私が看よう。先に帰ってて」
「でも」
「いいから」
咲楽さんに柔らかい手で優しく撫でられた。その手は「任せて」と言うようだ。
「……分かりました」
結局、今日はあの後咲楽さんと顔を合わせることなく、俺は布団に横になる。
ルリさんが咲楽さんに持たせているスマホからメッセージが届いていたので、大丈夫だとは思うけれどーー
心配だな。何か良くないことが起きてなきゃいいけど。
★
翌朝、キッチンに向かう途中で咲楽さんに出会った。
「おはようございます。あの、理花は」
「おはよっ。理花なら優一くんが帰ってちょっとしてから目を覚ましたよ、大丈夫!」
「良かった。咲楽さんは大丈夫ですか?」
「え?」
「いやその……心配、で」
「あははっ! やだなーもー。私は「午」なんだから、心配いらないよ?」
寝グセのついた髪をくしゃくしゃと撫でられる。うう、完全に子供扱いだーー
「さ、朝ご飯食べておいで」
「はい」
俺は髪を手ぐしで整えながらキッチンへと向かった。
「……するどいね」
咲楽さんが何かつぶやいた気がするけど、何を言ったかは分からなかった。
☆
咲楽さんは少し寄るところがあるそうなので、今日は1人で通学路を歩く。
春の陽気にあてられてふうと息を吐くと
「ああ!? 下級生のくせに口答えしてんじゃねえぞ!」
と声がする。
見ると、1年の男子が3年生の男子数人に絡まれていた。
「うるさいな! おれは何も責められるようなことしてないっ」
「んだとてめー」
金髪で左頬にガーゼが貼られた1年生は、ひるむ様子がない。その様子にさらに腹を立て、一番背の高い3年生が彼の胸ぐらをつかむ。
「おいおい。よく見たらコイツ、パンジー商店の次男坊じゃねーの?」
背の高い生徒の腰巾着らしき生徒が言った言葉を聞いて、金髪の1年生は目を見開く。
「ハハッ! あのカワイソーなキョーダイかあ」
「……なんだとっ!」
「なあ、上級生が下級生いじめて楽しいか?」
俺は見ていられなくなって、気がつくと胸ぐらをつかむ上級生の腕を押さえていた。
俺が手にぐっと力を入れると、3年生の腕が震えた。
「な……いってえ!」
3年生は俺の手を無理矢理振り払う。
「ラピス、ちょっとだけ力を貸して」
俺は脳内でラピスに話しかける。ラピスは
『もちろんっ!』
と言うと、俺の腕だけに力をまとわせた。
「ありがとう」
俺はそう言うと同時に右アッパーをそいつのあごにお見舞いする。
殴られた男子生徒は低くうめきながらその場にうずくまる。腰巾着達は顔を引きつらせて後ずさりをした。
「な、なんなんだよ……!」
「おいケンちゃん、コイツやべーよ」
俺は思いっきり眼前の男を睨む。そいつは慌てて立ち上がり
「お、覚えてろよ!」
と捨て台詞を吐いて走って行ってしまった。慌てて追いかける腰巾着達に
『威勢だけはいいのね。ふーんだ』
とラピスが言った。
俺はガーゼの1年生の方を振り向く。彼はぽかんと口を開けて突っ立っていた。
と、学校の方からチャイムの音が聞こえてきた。
「やば、遅刻する! 怪我なさそうで良かったよ、じゃあ!」
「……つえー、あの人」
突っ立っていた少年は次第に目を輝かせる。頬が次第に紅潮していった。
「かっこよかった……!」
彼は佐野大虎。後に「寅」の力を授かることになるのを、今はまだ誰も知らない。
★
放課後、俺は学内を散策していた。
今日は咲楽さんが理花に付き添って帰るようなので、俺はひとりで学内の妖を探していた。
ラピスに妖の気配を探ってもらって、気づけば3年生のクラスがある階にたどり着いていた。
夕焼けの橙色が、やわらかい光となって廊下を照らす。
「? なんだろ、この感じ……」
俺はどこからともなく漂ってきた澄んだ空気に、足を止める。このふわりと心地よい感覚はーー
「……十二支の気配?」
ーーリィン。
「!」
突然聞こえた鈴の音とともに、目の前に白い生き物がに現れた。長い耳に淡い青の眼、こちらの匂いを嗅ぐように動く小さな鼻。脚力のありそうな後ろ足ーー
「……うさぎ?」
そのうさぎは前足で器用に毛づくろいをして、くるりと向きを変える。
そして、廊下を一直線に跳ねていった。
「待って!」
うさぎはこちらをチラリと振り返って「3-A」の教室の扉へと飛び込んでいった。その姿は、白い光となって扉へ吸い込まれるように消えた。
『ねえユウイチ、今のは』
「うん……間違いない。十二支の「卯」だ。けど、もう一つ気配がする。これは?」
なんとなくだけれど、この教室には2つの気配がする。俺は意を決して扉を開いた。
「ちの、今日はどこに行く? カフェ? 本屋? それともアタシの家?」
「どうしようかな……」
目の前では、一組のカップルが逢瀬を楽しんでいた。すらっとモデルのようなスタイルで毛先のカーブが特徴的な男子と、小さくてとても高校生には見えない女子だ。
「……あ、椿ちゃん。今日はお客さんが来たみたいだよ」
「あ?」
男子の方が女子にひっつくように抱きしめていていたが……男子の方はこちらを怒りの表情で見ていた。
「お、おおオジャマシマシタ!」
俺は慌てて出て行こうとするけれど
「おいコラ待て待てっ! アタシ達の大切な時間を邪魔しやがったな? ちょーっとばかしシメてやるから大人しくしやがれっ」
細身の身体からは想像できない腕力で取り押さえられてしまい、俺は痛みで顔が青ざめていくのを感じた。が
「椿ちゃん……その子「戌」だよ……」
「なんだと? じゃあ、コイツが例の?」
「あ、あの……」
「あ?」
彼らが喋っている間もきつく押さえられているので、腕や足の血が止まりそうだ。
「痛いんで、離してください……」
俺は情けない声でそう言うほかなかった。
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