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黒山家の秘密 第五話

理花を保健室のベッドに寝かせて、俺はふうと息をつく。
 咲楽さんは理花の頭を優しく撫でていた。理花の傷は驚くほどキレイさっぱり治っていて、俺は驚いた。あとは、目覚めるのを待つだけだーー
「さっきの妖は「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」と言ってね。まあ簡単言えば小さな妖達の集合体みたいなものなんだ。普段は大人しいんだけれど……」
 そう言って、咲楽さんは窓辺へと移動した。指先がガラスに触れる。窓からは桜の木が立つ中庭がよく見えた。
「どうやら、私達が探している酒呑童子の妻がけしかけたようだね。優一くん、あの出来事の前に何か怪しいヒトやモノはあったかい?」
「いえ、何も……俺は理花と話してて、その後購買部の撫子さんと話してただけなので」
「そっか……」
 咲楽さんは少し眉間にしわを寄せていたが、俺の顔を見て、笑顔を作る。
「優一くん、理花のことは私が看よう。先に帰ってて」
「でも」
「いいから」
 咲楽さんに柔らかい手で優しく撫でられた。その手は「任せて」と言うようだ。
「……分かりました」

 結局、今日はあの後咲楽さんと顔を合わせることなく、俺は布団に横になる。
 ルリさんが咲楽さんに持たせているスマホからメッセージが届いていたので、大丈夫だとは思うけれどーー
 心配だな。何か良くないことが起きてなきゃいいけど。



 翌朝、キッチンに向かう途中で咲楽さんに出会った。
「おはようございます。あの、理花は」
「おはよっ。理花なら優一くんが帰ってちょっとしてから目を覚ましたよ、大丈夫!」
「良かった。咲楽さんは大丈夫ですか?」
「え?」
「いやその……心配、で」
「あははっ! やだなーもー。私は「午」なんだから、心配いらないよ?」
 寝グセのついた髪をくしゃくしゃと撫でられる。うう、完全に子供扱いだーー
「さ、朝ご飯食べておいで」
「はい」
 俺は髪を手ぐしで整えながらキッチンへと向かった。
「……するどいね」
 咲楽さんが何かつぶやいた気がするけど、何を言ったかは分からなかった。



 咲楽さんは少し寄るところがあるそうなので、今日は1人で通学路を歩く。
 春の陽気にあてられてふうと息を吐くと
「ああ!? 下級生のくせに口答えしてんじゃねえぞ!」
 と声がする。
 見ると、1年の男子が3年生の男子数人に絡まれていた。
「うるさいな! おれは何も責められるようなことしてないっ」
「んだとてめー」
 金髪で左頬にガーゼが貼られた1年生は、ひるむ様子がない。その様子にさらに腹を立て、一番背の高い3年生が彼の胸ぐらをつかむ。
「おいおい。よく見たらコイツ、パンジー商店の次男坊じゃねーの?」
 背の高い生徒の腰巾着らしき生徒が言った言葉を聞いて、金髪の1年生は目を見開く。
「ハハッ! あのカワイソーなキョーダイかあ」
「……なんだとっ!」
「なあ、上級生が下級生いじめて楽しいか?」
 俺は見ていられなくなって、気がつくと胸ぐらをつかむ上級生の腕を押さえていた。
 俺が手にぐっと力を入れると、3年生の腕が震えた。
「な……いってえ!」
 3年生は俺の手を無理矢理振り払う。
「ラピス、ちょっとだけ力を貸して」
 俺は脳内でラピスに話しかける。ラピスは
『もちろんっ!』
 と言うと、俺の腕だけに力をまとわせた。
「ありがとう」
 俺はそう言うと同時に右アッパーをそいつのあごにお見舞いする。
 殴られた男子生徒は低くうめきながらその場にうずくまる。腰巾着達は顔を引きつらせて後ずさりをした。
「な、なんなんだよ……!」
「おいケンちゃん、コイツやべーよ」
 俺は思いっきり眼前の男を睨む。そいつは慌てて立ち上がり
「お、覚えてろよ!」
 と捨て台詞を吐いて走って行ってしまった。慌てて追いかける腰巾着達に
『威勢だけはいいのね。ふーんだ』
 とラピスが言った。
 俺はガーゼの1年生の方を振り向く。彼はぽかんと口を開けて突っ立っていた。
 と、学校の方からチャイムの音が聞こえてきた。
「やば、遅刻する! 怪我なさそうで良かったよ、じゃあ!」

「……つえー、あの人」
 突っ立っていた少年は次第に目を輝かせる。頬が次第に紅潮していった。
「かっこよかった……!」
 彼は佐野大虎。後に「寅」の力を授かることになるのを、今はまだ誰も知らない。



 放課後、俺は学内を散策していた。
 今日は咲楽さんが理花に付き添って帰るようなので、俺はひとりで学内の妖を探していた。
 ラピスに妖の気配を探ってもらって、気づけば3年生のクラスがある階にたどり着いていた。
 夕焼けの橙色が、やわらかい光となって廊下を照らす。
「? なんだろ、この感じ……」
 俺はどこからともなく漂ってきた澄んだ空気に、足を止める。このふわりと心地よい感覚はーー
「……十二支の気配?」
 ーーリィン。
「!」
 突然聞こえた鈴の音とともに、目の前に白い生き物がに現れた。長い耳に淡い青の眼、こちらの匂いを嗅ぐように動く小さな鼻。脚力のありそうな後ろ足ーー
「……うさぎ?」
 そのうさぎは前足で器用に毛づくろいをして、くるりと向きを変える。
 そして、廊下を一直線に跳ねていった。
「待って!」
 うさぎはこちらをチラリと振り返って「3-A」の教室の扉へと飛び込んでいった。その姿は、白い光となって扉へ吸い込まれるように消えた。
『ねえユウイチ、今のは』
「うん……間違いない。十二支の「卯」だ。けど、もう一つ気配がする。これは?」
 なんとなくだけれど、この教室には2つの気配がする。俺は意を決して扉を開いた。

「ちの、今日はどこに行く? カフェ? 本屋? それともアタシの家?」
「どうしようかな……」
 目の前では、一組のカップルが逢瀬を楽しんでいた。すらっとモデルのようなスタイルで毛先のカーブが特徴的な男子と、小さくてとても高校生には見えない女子だ。
「……あ、椿ちゃん。今日はお客さんが来たみたいだよ」
「あ?」
 男子の方が女子にひっつくように抱きしめていていたが……男子の方はこちらを怒りの表情で見ていた。
「お、おおオジャマシマシタ!」
 俺は慌てて出て行こうとするけれど
「おいコラ待て待てっ! アタシ達の大切な時間を邪魔しやがったな? ちょーっとばかしシメてやるから大人しくしやがれっ」
 細身の身体からは想像できない腕力で取り押さえられてしまい、俺は痛みで顔が青ざめていくのを感じた。が
「椿ちゃん……その子「戌」だよ……」
「なんだと? じゃあ、コイツが例の?」
「あ、あの……」
「あ?」
 彼らが喋っている間もきつく押さえられているので、腕や足の血が止まりそうだ。
「痛いんで、離してください……」
 俺は情けない声でそう言うほかなかった。

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