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黒山家の秘密 第十話

「……あれ?」
 目を開くと、無数の白い光の玉が浮かぶ空間が見えた。夜の日本庭園の中にいるようなその場所は、現実味がなくて何だか異世界のようだ。
 ――と、脳内にノイズのような物が走ると共に、ある映像が浮かんだ。
 大きな瞳から涙があふれている着物の女性と、俺とそっくりな顔をした子供の、悲しそうな表情の映像。
 ――これは、一体。
「ゆ、ゆーくん。ここ、どこだろうね?」
「なんだ? 光がたくさん浮いてる……」
 声のする方を見ると、不安そうに佇む理花と、キョロキョロと辺りを見回す大虎くんがそこにいた。
「二人とも無事?」
「うん……」
「ハイっす! 俺は元気っすよ!」
不安げに頷く理花と、対照的に張り切っている大虎くん。
そうしていると、三人それぞれの端末が震えて、通信が始まったようだ。
『三人とも無事到着したみたいだね』
「ハイっ!」
「あ、あの。これから私たちは何を……?」
『これから君たちには、妖と戦うときに備えて模擬戦を行ってもらうよ。まあ、オリエンテーションみたいなものかな。マップデータを送るから、それを一緒に見ながら話そうか』
 新子さんから送られてきたデータを見ると、それは地図だった。
 四つに区切られたマップで、中央がゴールみたいだ。オリエンテーションで巡る場所には、十二支のマークが付けられていた。
『十二支のマークがある場所には祠があるから、その場所についたらスマホから位置情報を送って欲しい。電子版のスタンプを押すからね。ただし』
「ただし?」
 俺はゴクリと唾を飲んだ。
『『酉』の家の人達が作った模擬戦用の式神がジャマをしてくるから、それを協力して倒して欲しい。それがメインのミッションだよ。
今、皆がいる場所は訓練用の空間だから、大怪我はしないようにはなっているけどね。ちなみに、その空間はトコさんお手製の空間だ』
「へ、へえ……」
『式神が放たれるのはあと三十秒後だ。さあ、準備は良いかな』
「「はい」」
「は、はい……」
 俺はチラリと隣の理花を見る。不安そうで、少し震えている。ちゃんと守らないと。
『優一くん』
「は、はい」
『今からは君だけに対しての通信だから、正直に話して欲しい。何か……思い出したことはあるかな?』
「思い出したこと?」
『そう。君の過去について、何か分かったことがあったなら教えて欲しい』
「……着物の女性と、俺とそっくりな子供の映像が、脳内に流れました」
「そうか、なるほど。情報感謝するよ、優一くん」
「あの、それが何かに関係あるんですか?」
『……ごめんね、訓練が終わったら話すよ。あと3秒後に開始だ』
「あ、待っ……」
 通信は終了し、マップ画面に切り替わった。
マップ画面には現在地と、周辺の祠の場所、そして――エネミーの文字と共に、式神の現在地が、赤いマークで示されていた。
「先輩?」
「あ、ごめん。行こうか」
「ハイ! 一番近え祠から行きますか?」
「そうだね、理花もそれでいい?」
「う、うん」
 俺達は一番近い祠――「子」の祠に向かうことにした。

 ★

「らん、らん、らん」
 機械仕掛けの少女は愉快そうに歌い、踊りながらメキメキと脚で締め上げたり、自慢の蹴りを食らわせたりして式神を倒していく。
式神が上げる、造られた断末魔を楽しんでいるようだ。
「琥珀、もうそのぐらいにしておけ。せっかく与えられた妖力が減るだろう」
「えーなんでヨ-。楽しいじャナイ? ねえ、優一っていうやつも……お前の弟も同じように壊しても良いんだヨネ?」
「……撫子様のご命令に逆らう理由はない」
「ふうん、ちゃんとやって呪(まじな)いがかかってるみたいで安心シタヨ」
「無論だ。この身体は撫子様の命で動き、酒呑童子様に捧げる。それを疑う余地はない」
「アハハ! あんなに弟のことを守ろうとしてたヒトと、本当に同一人物かどうか疑っちゃウネ! さあて、そろそろ行こウカ」
「ああ」
 鬼の面の男が、優一の気配を探る。
 鬼の面の一部は、その男の顔の肉に食い込むように、同化しつつあった。

 ☆

『来たな』
「来たね。上手く釣れた」
 うーんと新子はモニターの前で背伸びをする。ギシッと椅子が傾いた。
 ここは、「卯」の家に用意された、訓練用の空間を管理するモニター室。
各エリアやひとりひとりの状況が観測できるようにモニターが設置され、その一つはからくり人形と仮面の男を映していた。
その映像は、探索と隠密にすぐれた式神から送られてくるものだ。
 ルリはオリエンテーションには参加せず、ゴール地点から新子に通信している。
「『卯』の宇佐美さんの占い――いや、あれは予言と言うべきか。本当にすごいですよね」
『ああ、その特殊さ故に戦闘力はないが、本当に役に立つ力だ。彼女には感謝しなければね』
「酒呑童子の妻が使役するからくり人形と、優一くんの双子のお兄さん。
彼らは優一くんを始末したいのだろうけど、そうはさせない。優一くんは酒呑童子の妻を倒す、ひいては酒呑童子を永遠の眠りにつかせる、キーパーソンだからね」
『ああ。咲楽も私も、優一くんが危なくなったらすぐ迎え撃つ準備は万端だ』
 ルリの側には、清く美しい白馬が佇んでいる。その表情からは、いつものあどけなさが消え、敵のいる場所を見据えるまなざしを浮かべていた。

 ★

 俺は澄み切った空気を、胸いっぱいに吸い込む。
訓練用の式神とは遭遇しなかったが、早速一つ目の祠がある場所にたどり着くことが出来た。
「ここが『子』の祠がある場所。なんだか綺麗なところ……」
 理花はだいぶ落ち着いたようで、辺りに積もる白銀の雪を見ている。
 雪とは言っても、寒さを感じるのはほんのわずかで、むしろ新鮮な空気が心地良い空間だ。
「あ、あったっスよ!」
 大虎くんが指さす先には、ネズミの形をした石像が、祠を守るように佇んでいた。大虎くんはスマホをタップする。
「えーと、ここの位置情報を端末から送って……お、スタンプもらえたっス!」
 俺と理花の端末にも、同じスタンプが届いた。ねずみの絵と共に、達筆な字で「子」の漢字がデザインされている。
「残りは十一個か……あれ、『卯』と『巳』のスタンプが、消えてる」
 俺がそう呟くと、新子さんと通信が繋がった。
「一つ目のスタンプ獲得、おめでとう。さっき伝え忘れたけど、このスタンプは争奪戦になっているんだ。
『卯』と『巳』のスタンプは、ほかのチームが獲得したようだね」
「ほかのチームって……」
「酉水家の玲さんと、長月家の宇佐美さん、亥ノ塚家の白椿さんが組んでいるみたいだね。あ、ちなみに玲さんは今回は見守る形で、ゴール地点にいるからね。じゃあ、残りも頑張って」
「は、はい」
 通信を終了しながら、ルリさんは参加してないのか……と思っていると。
 ネズミの祠の近くに、奇妙な淡い光が浮かんでいるのを見つけた。
「なんだろう、これ」
「先輩?」
「ゆーくん、どうしたの?」
 俺は恐る恐る、その淡い光に触れてみる。すると
『つっかまえた! 十二支の「戌」! もう逃がさないわよっ』
 光から少しもこもこした白い足が生えて、俺の指先に触れてきた。そうすると俺は光の中に圧縮されながら、吸い込まれていく。
「え、なんだこれ!」
「先輩!?」
「ゆーくん!? 掴まって!」
「理花、大虎く……!」
 俺はそのまま光に吸い込まれ、意識を失った。

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