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黒山家の秘密 第六話

「え、えーと。先輩達は……」
 やっと解放してもらえた。押さえられていたところが、まだじんじんと痛い。
 女子の先輩は俺の方を興味深げにじっと見つめているが、一方で男子の先輩は俺を品定めするようにガンを飛ばしてくる……。
「貴方……朝に男の子を助けるために「戌」の力を使ってた……コよね?」
「妖以外に十二支の力を使って攻撃するのは、本来御法度なんだがな。まあ見なかったことにしてやるよ。今回は、な?」
「そうだったんですね、気をつけます……」
 御法度、と言う言葉を聞いて、冷や汗がつうと流れた。そうか、ダメなのか。
「私、長月宇佐美……つばきちゃんは、ちのって呼ぶ。「卯」の力を……持ってる」
「チッ、オレは亥ノ塚白椿。言っておくが仲良くする気は毛頭ないからな……「亥」の力を持ってる」
「俺は黒山優一です」
「……やっぱり」
「え?」
 椅子から立ち上がりとことことこちらへ歩いてくると、長月先輩は俺の頬を両手で持ち、瞳を凝視する。俺はその吸い込まれそうな深いピンクの瞳を、戸惑いながらも見つめ返した。
「おいちの!」
 亥ノ塚先輩が俺から長月先輩を引き剥がそうとするが、彼女はてこでも動かない。
「あなたには……秘密がある。ううんむしろ黒山家には、秘密がある……そう言えば良いかな……」
「……それって、どういう」
「それが私の知りたいこと。教えてくれる……? ラピス」
 彼女から発した言葉を聞くと同時に、俺の意識はラピスと入れ替わるように深い、深い意識の底に沈んだ。



「こんにちは、ラピス……貴方が今の「戌」なのね」
『……そうだよ』
 ワタシは優一の身体を借りて、ウサミに答える。
『どうしてワタシのことを知ってる?』
「そりゃお前「戌」の代替わりはすでに周知の事実だからだ。まあ、オレは興味ないがね」
「ラピス、貴方はもう分かってるんじゃない……? 黒山くんの、秘密を」
『……まだ、完全には分かってない。ユウイチの心の奥の深いところには、ワタシは潜れない』
「何故だ?」
『……』
 ワタシは押し黙った。
「……答えられないなら、こうしましょう」
『え?』
 ウサミはどこから取り出したのか、ウサギの両耳がついたカチューシャを付けた。シロツバキは「なるほど」とつぶやき、手近な机にあぐらをかいて座った。
「優一くんは今、眠っているのと同じ状態。それなら聞かれる心配もしなくて良い。占いましょう! 「卯」の能力を使ってね」
 人が変わったようにじょう舌になったウサミが、笑顔になる。ワタシは訳が分からなかった……ウラナウって、何?

「じゃあ、はじめるね」
『応』
 ウサミが目を閉じると、彼女の身体から転がるように「卯」が姿を現した。「卯」は毛づくろいをすると、チラリとワタシを見て伸びをした。
 ウサミがふうと息を吐くと、「卯」が光の粒をまとわせながら、ふわりと浮遊する。そして、教室の隅から隅までを、回遊魚のようにゆっくりとまわった。
 教室はさっきまで夕焼けが注していたのに、いつの間にか暗闇に瞬く星々が現れた。この教室だけ、まるで異空間になったように。
「黒山優一、男、高校一年生……あら?」
「どうした、ちの?」
「うーん、同じ運命になるはずの子が側にいるはずなのに、どうして彼の近くにいないのかしら?」
『え?』
「……彼には同じ日に生まれた兄弟がいるのね。彼はーー」
 ちのが優一の過去に深く潜り込もうように意識を集中させると、バチン! と大きな音が鳴った。
 異空間のようだった教室は次第にいつもの教室へと戻っていき「卯」がゆっくりとちのの手元に落ちてきた。
「ちの、今のは……」
「弾かれた。何か、強大な力で隠されているかのようだわ」
『呪(まじな)いーー』
「卯」がそうつぶやき、赤くなった額をさする。
 突然、教室の窓や壁に無数の「目」が現れた。目達はぎょろりとワタシ達を見ると、愉快そうに細くなる。ワタシ達は身構えた。妖だーー!
「見つけましたぞぉ~ヒヒッ! 「卯」に「亥」に……「戌」!」
 全ての眼球が愉快だ! と言わんばかりにぐるぐると回転する。血走ったそれは、とてもおぞましい。
「んだよ、百目鬼がオレ達に何のようだ? お前はただの戦闘能力が皆無の妖だろ」
「ハンッ、それは貴様も同じだろう「亥」の娘よ。ただ「幸運を呼び込む」だけのくせに。大体女のクセしてなんだその様は。「卯」を守るオウジサマにでもなったつもりか?」
「……お見通し、か。そりゃそうだよな」
 ガタン! と座っていた机から降りて、シロツバキはウサミを守るように彼女の側に立つ。
「そうさ、オレはちのを守るためにこの格好をしてる……その方が何かと便利だからな。そうだな、例えば……お前みたいなきったねー虫を除けるためとかだ!」
「つばきちゃん、無理しなくていいよ」
 ウサミは表情を変えずにそう言った。そう言った彼女は、かすかに震える手でシロツバキの服の裾をつかんでいる。
「「卯」も戦闘力はないだろう? それにーーそこの「戌」も大したことはないと聞いている。今宵は3体も仕留められるぞ……牛鬼、やれ!」
 目玉達は笑いながら消失し、代わりに窓ガラスを突き破ってがっしりとした体格の妖が現れた。
「……目玉の一つも潰せぬとは、不覚。そうやっていつも手柄を全て持って行く狡いヤツめ。さて、貴様ら」
 牛鬼は鈍く夕焼けに光る金棒を、ワタシ達を挑発するように掲げる。
「3体まとめて始末してやるっ」
 金棒がワタシ達めがけて振り下ろされる。重そうなのに、動きがはやい、避けきれない! ワタシがもし避けられたとしても、2人がーー!

「『縛』!」
「なっ!?」
 突如現れた青い着物の男がそう言い放つと、牛鬼はピタリと動きを止めた。これも呪い……!?
 面の男は牛鬼が完全に固まっていることを確認すると、ワタシに詰め寄る。男からかすかに香るお香の匂いと鬼の面で、思い出した。
『お前はあの時の!』
「ラピス、お前は優一を守るために存在している……そうだろう!? お前はそのためにいる!」
『な、なんだよお前……!』
 ワタシはその男の剣幕に、思わず後ずさりをする。面をしていても、酷く怒っているのがわかった。
「ねえ、そのコに乱暴はダメよ」
 震える声でウサミは言う。彼女を守るように、シロツバキがすっとウサミに抱きついた。
「……オレの顔を見ても、同じことが言えるか?」
 男がワタシに背を向け、面を外した。
「え」
「なっ」
「『転移』!」
 ウサミとシロツバキが目を見開いた瞬間、面の男が叫んだ。
 ワタシ達はどこかへと飛ばされてしまうようだ。どうしようユウイチーー!



「黒山のやつと、同じ顔……!?」
「……じゃあ、貴方が優一くんの」
 そうか、オレの顔は今でもそんなに優一と似ているのかーー
 あの頃からずっと鏡を見ることがなかったが、そうか……。
「なあ「卯」のお前、占術が得意なお前なら分かるだろう。これがどういう事か」
 オレは「卯」の近くの椅子に座る。そして、こう言い放った。
「何なら、占ってみるか? オレと、優一のこと」
「え?」
「ちの、罠だ! さっきみたいに弾かれるか、それかもっと大変なことに」
「それはお前が防げば良いだろ「亥」? それにオレには……時間がないんだ」
 本当なら、オレ自身が優一に伝えたかった。黒山家の隠された秘密を。オレ達の過去を。
 けれどーー
「この身体が、オレの物でなくなる前に……優一に、占ったことを全部伝えて欲しい。俺の口からは事情があって語れない。頼む……」
「何か事情があるのね。分かったわ」
「ちの!」
 「亥」が信じられないと絶叫する。が「卯」は心を決めた様子で
「つばきちゃん、お願い。これは優一くんのために、きっとなるから」
 と言った。



『ユウイチ、ユウイチ!』
「う、うーん……ラピス?」
 俺は午堂家の家の門の前にいる。あれ、さっきまで学校にいたんじゃ?
 気づくともう日は落ちていて、夜空には星や月が浮かんでいる。
「あー! 優一くんっ、やっと帰ってきたあ!」
 咲楽さんが門を開けて、俺の首根っこをつかんで引きずる。
「え、ちょっと!」
「主役がいなきゃ始まんないじゃないもー!」
 俺は混乱したまま母屋の方へと連行された。「午」だからか、力がめちゃくちゃ強い……無駄な抵抗は諦めた。
 咲楽さんが大広間の扉を開け
「優一くん、我が家へようこそ!」
 爆発音と共に屈託のない笑顔を向けてきた。
「……へ?」
「咲楽、人に向かってクラッカーを鳴らしちゃダメだ」
ルリさんが咲楽さんの肩を叩き言う。
「ゴメンゴメン! いやあ、ホントはもっと早くやりたかったんだけどね、歓迎会。色々あったからね~」
「や、あの咲楽さん、俺はただの居候ですから」
「ゆ、ゆーくんっ」
「え、理花?」
 理花は制服ではなく、お人形さんのように可愛いワンピースに身を包んでいた。少し紅潮した頬にえくぼを作っている。
「私も招待されたの。まさか咲楽ちゃんのおうちに住んでるなんて、知らなかった」
「あ、ああ……うん、そうなんだよ」
 見慣れない理花の私服にドキドキしていると、咲楽さんが肩に手を回してくる。
「さあ、今日はぱーっとお祝いするよっ!」

 しばらく咲楽さんと理花、そして途中から参加してくれたルリさんのお父さんにもみくちゃにされるように祝われた俺は、風に当たりたくて縁側に出た。
 すっかり暗くなった空では、星が薄雲に隠れていた。
「優一くん」
「ルリさん」
「今日は楽しめたかい?」
 優しく聞いてくる彼女に、俺は安堵する。
「……驚きましたけど、楽しかったです。ありがとうござ……?」
 ルリさんは何やら真剣な面持ちで、こちらを見ていた。まるで、俺の心を見透かすかのような。
「……ルリ、さん?」
「優一くん。君はこの戦いが終わったら、死ぬつもりなんだろう?」

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