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海と共に 第一話 ー邂逅編ー


あらすじ

この世に絶望し、海に身を投げた女子高生のこころは、遠い遠い海からやってきた美しい人魚、リリーに助けられる。
この出会いで、こころとリリーは友人となる。
一方で古びた屋敷では、蝙蝠の羽を持つ西洋の吸血鬼が目覚めた。
吸血鬼は屋敷にやってきていた島の男女を襲い、しもべの蝙蝠たちと夜の闇へと消えていく。
ある日、リリーから貰った真珠のお守りをもらったこころは、吸血鬼に襲われそうになる。
血を吸われる寸前に彼女を助けた竜輝は、吸血鬼を弱体化させ、自宅へと連れ帰る。
1ヶ月後、こころは島では有名な魔女の家系の百星と出会う。星空の下で語り合うが、そこに吸血鬼が現れるーー

本編はここから

 都会から引っ越したあの日、この世の物とは思えないほど綺麗な海をみて、思った。
 私はこの海と共に生き、共に死ぬんだと。

 17歳の時だった。
 将来のことを考えると、目の前が真っ暗になる、そんな時期だった。
 自分の好きなことだけして生きていれば良いなんていうのは、私が勝手に作った幻想だったのだ。
「……はは、今日も変わらずキレイね」
 うん、決めた。私、今日この海で死ぬわ。
 防波堤から身を投げる。身体がひゅうと風を切り、水に落ちていく。服が海水を吸って重くなってゆく。あとは、海の底へと沈むだけ。今更生きようともがくことはしない。
 このあたりに人がいるところは見たことがないので、生きたまま見つかる心配はまずないだろう。まあ、私みたいな物好きが他にいたらだけど……。
 このキレイな海の養分になれたら良いなあ。美しい魚とかがキレイに食べてくれたら、すっごく嬉しいんだけどーー



 それは、あまりにも唐突だった。
 ワタシは気まぐれで人の住む海岸近くを泳いでいた。
 そう、気まぐれ。
 「ニッポン」という国の近くまで泳いできたとき、我ながらバカなことをしているとは思っていた。ニッポンからは遠い遠い故郷の海を、わざわざ離れて何になるのだろう、と。
 水面に頭を出そうと尾ヒレを動かした時。
 大量の泡と一緒に、ヒトが沈んできた。あまりにも突然で、思わず目を見開く。
 長い黒髪の、オンナノコ。目は閉じている。
 そのコはどんどん沈んでゆく。
 ーーそういえば大昔、ニンゲンに恋をしてしまって、人間になるために声を失い、最期は泡になって消えた人魚がいたらしい。
 私は、そんな風にはなりたくない。助けないわよ。
「……」
 このヒト、どうしてもがかないの? 息、できないでしょ?
「……?」
 あ、こっちを見た……?
「※○!? △□◎※☆!」
 え、ちょっと何!? も、もうーー!



「はぁ! ゴッホ、ゴホゴホッ!」
 私は浜辺で海水を吐いた。塩の味がして、喉がものすごく痛い。苦しい。
 けどーー
「あ、アナタ何!? そんな格好じゃあすぐ沈んで死ぬわよ!」
 白くてすべすべの肌、深い海を思わせる蒼の瞳、腰から上は人間みたいだけど、下は足の代わりにーー
「人魚! 人魚なのね貴方! すごい、生まれてはじめて見た!」
「あ、ええまあ……ちょっと、そんなに叫んだら」
「ゲホゲホゲホッ!」
 私はまたむせる。ヒューヒューと息が鳴った。
「……言わんこっちゃない」
 女性の人魚は、そっと私の背中を撫でてくれた。ひんやりとした手が、彼女が人間ではないことを物語っている。
「ハーッ、ハー……」
「……落ち着いた?」
「うん……」
「ねえアナタ、ひょっとして死ぬつもりだったの?」
「……」
 海水で冷えた身体を少し震わせて、私はつぶやいた。
「生きていたって、何もないじゃない。夢も希望も、思い通りにならない。だったら、この海に沈んで死んだ方がマシ」
「……」
 人魚はしばらく黙って月を見上げていた。雲に覆われてしまったそれは、ぼんやりと光を放っている。
「人間は、難しいことを考えるのね」
「え?」
 人魚は私の目を見つめる。その瞳は、深い蒼だ。
「ただ息をして、食べて、眠る。それだけで十分じゃない? 『生きている』ということ、それが何よりも尊いものだとワタシは思うけど」
 ワタシは人魚から視線をそらし、足を抱えるように座る。
「……貴方には分からないわ」
「そうね、分からないわ。でも……」
 人魚はふいっと顔をそらして
「話は聞いてあげる。今はそれでガマンしてちょうだい」
「……え?」
 人魚は感情の読めない顔をして
「ワタシ、退屈なの。だから故郷を離れてここまで来た。人間の一生なんてワタシタチにとってはほんの一瞬。だから……アナタのおしゃべりに付き合ってあげる余裕はあるわ」
 ーー物語の中だけで存在していると思っていた人魚が、私とお話ししてくれる? それって。
「いいの? 私、暗い話ばっかりするかも……」
「構わないわ。話してすっきりすることもあるでしょう?」
「じゃ、じゃあ! 私達、友達って事で良いの?」
「ま、まあ……『おしゃべり友達』って事で良いなら」
「ありがとう!」
 私は人魚の手を取り、ぶんぶん振った。人魚は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが
「よ、よろしく……?」
 と言ってくれた。
「ふふっ、じゃあ毎晩ここへ来るわ! 夜なら誰も来ないだろうし、楽しみにしてるねっ」
「え、毎日!? そ、それは……」
「人魚さん! 貴方、名前は?」
「……リリー」
「リリー! とっても素敵! 私はこころ! よろしくねっ」
 さっきまで死にたがっていた自分は、一体どこへ行ってしまったのだろう。自分でも不思議なくらいだ。
 きっと、この出会いは運命だろう。そう確信した。



 島にポツンとある寂れてしまった洋館の隠された地下で、「何か」がうごめいた。
「ア……あーあー、よし、ちゃんと声帯は機能しているな。フフン」
 青白い顔に、血のように赤い双眼を持った少年は、自身が眠っていた棺桶から起き上がる。辺りにはホコリが充満していた。
「ふう。起きたのは何百年ぶりか。さて、まずはーー」
 ククッと笑って少年は舌なめずりをする。その背中からは、コウモリのような羽が生えだした。
「食事の時間だッ」

第二話


第三話


第四話


幕間


第五話

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