黒山家の秘密 第七話
「な、何言って……。俺は、そんな」
「私には分かる。君の心は空っぽだ。虚しいのだろう? お婆さんが消えてしまって」
「っ……」
ルリさんは真っ直ぐな言葉で、俺の心を抉る。その目は、まるで俺のそんな心を憂うようだ。
そうだ、俺はあの時から、ずっと。
「……そう、ですね。そのつもり……です」
俺は、せき止めきれない想いを吐露する。ラピスが俺の中で、静かに息をのんだ。
「婆ちゃんと、もっと一緒にいたかった。高校の卒業式に来て欲しかった。成人式も……」
俺はラピスにも明かしていない心の内を吐き出す。ああ、もう泣かないと決めたのに。また涙があふれてくる。こらえろ、俺。
「できることなら、ずっと俺を支えて欲しかった。俺とずっと一緒に笑って欲しかった。けどーー」
婆ちゃんはもいない。俺がこの手で、消してしまった。あの時からずっと、俺の心は塞ぎきれない穴が空いてしまった。
あの頃から、本当は全てがどうでも良かった。本当に、どうでも良かったんだーー
「優一くん、君は生きている。生きているのなら、生かされているのなら、どんなに辛いことがあっても……命燃え尽きるその時まで、その炎は絶やしてはいけない。だから」
「ルリさんに何が分かるんですか! 何がっ……」
あの時よりずっと悲しくなって、俺は涙を流すのをガマンできなかった。むなしさで顔をぐちゃぐちゃにゆがめる。すると
「分かるよ」
ルリさんがふわりと俺を抱きしめた。優しく俺の背中に回された腕が、ほんの少し震えている。背中を優しく2回ほどたたかれて、俺は驚きで硬直する。
「私も……生かされた側の人間だ。本当なら私は、今ここで生きていなかった」
「え……?」
ルリさんはふうと長く息を吐くと、優しく声で語りはじめた。
「私の母は……私を産んで死んだ。私が母の腹の中にいた時に、妖から呪いを受けて……。本当なら私は、生まれたその瞬間から妖になるところだったんだよ」
驚いたか? けれどこれは事実だと、ルリさんは言葉を紡ぐ。厚い雲に隠された月から、わずかな光がもれている。
「母は私の代わりに妖になって、咲楽と父上に消された。私は母を殺したも同然なんだ」
ルリさんの腕に力がこもる。彼女の苦悩、つらさ、痛み、悲しみ、むなしさ。ルリさんは生まれたときからずっと、自責の念に囚われていたのか。
「……お腹の中にいたのなら、それはルリさんのせいじゃないですよ」
「君は優しいね……」
ルリさんは俺から離れると、力なく笑う。
「私はね、前までは君と同じように、ずうっと死にたかった。もしかしたら、あの世に母がいるのではと思ってね。早く自分もあの世に行って、母に会いたいと思った」
ルリさんはまるで、俺と同じだ。悲しい気持ちにずっと浸って、死を望む心が。
「それが咲楽にばれたとき、ひどく泣かれたよ……『あたしはルリに、生きて欲しい。何があっても』ってね」
ルリさんが小さく嗚咽を漏らす。
「……ルリさん」
「優一くん。私達は生かされたんだよ。だから、その想いに答えなければ。私の母は私を、君のお婆さんは君を、命と引き換えに、守ったんだよ」
「……婆ちゃん、が」
「そうだ。君にはいっておかなければならないことがある。「卯」が言ったことだから、確かだよ」
ルリさんはその場に正座し、こう言う。
「優一くん、君には生きている家族がいる」
ドスン、とその言葉は衝撃と共に俺の心に落ちていった。
「君には双子の兄がいる。君の兄は、君のお婆さん……妖に君を託したんだ。いつか君が十二支の力を得て、君達の母を救うようにと……お婆さんに化けた妖は君が力を得るその時まで、酒呑童子の妻の魔の手から、護っていたんだよ」
……俺には兄さんと、母さんがいる。
ならどうして、俺は2人のことを何も覚えていないのだろう。思い出そうとすると、なぜか頭が鈍く痛んだ。
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