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猫麻呂の記憶の断片 その3

 酒呑童子が呪いを放ったその村は、ただ一人の少女を残して滅びました。
 辺りには、固く目を閉じた人々が放つ死の匂いが漂っております。
「ふむ。みな死んだか」
 酒呑童子は含み笑いをして辺りを見回します。瑞雅は、目の前の惨状に冷や汗をかき、ゴクリと唾を飲み込みました。
 村のいたるとこに死体、死体。背筋が凍るほどの惨状でした。
 けれど瑞雅はその中にいると、段々と気分が高揚してきます。
ああ、この者達は無力で、中には自分の様に変わった人間がいると石を投げて、さげすむような者もいただろうな、と。
そんな奴らが死んだのなら清々する、と。
 おびただしい死体、その中で。一人の子供がただ呆然と立ち尽くしていました。
「ほお、生き残ったやつがいたのか。これはめずらしい」
 酒呑童子は、大きな脚と腕を振ってその少女に近づきます。少女は、その姿に怯えることなく目を伏せておりました。
「おい、そこの童。お前、よく生き残ったな」
 酒呑童子は牙をむきだして少女を覗き込みますが、彼女は顔色一つ変えません。
少女はおずおずとして口を開きます。
「あ、あの。どなたかは分かりませんが、旦那様が動かないのです。奥方様に伝えなければ……」
「ああ、その必要はない。童よ、この村は、俺が滅ぼした」
「えっ」
 少女は、ぽかんと口を開けて動きません。状況が良く飲み込めないようです。
しばらくすると、彼女は声を震わせながら
「では……わたしのことも、殺すのですか?」
 と、怯えます。その小さな身体が、恐怖で震え出しました。
「いいや、その必要はない。お前も……そこにおる男と同じで妖力が高いとみた。利用しない手はないだろう?」
「わっ」
 酒呑童子はクスッと笑うと、その少女を抱えます。あわあわと腕と脚を動かすその少女は小さな声で
「お、下ろしてくださいませ……」
 と小さくささやきます。
「お嬢さん」
 瑞雅は、慌てる少女に優しく話しかけました。
「酒呑童子様は、無力な人間どもを殺してくださったのですよ。あなたも私と同じで、皆から虐げられていたのではないですか?」
「……」
 少女の顔から、表情と生気が消えました。
 彼女の汚れた身体に泥だらけの着物。それだけで、瑞雅と同じ目にあったのだと確信できます。
「……旦那様は、食い扶持を与えてやっているのだから文句を言うな、従え、言うことを聞け、と毎日おっしゃっていました」
 少女はぎゅう、と両手を握りしめます。少女の両目から、しずくがぽたぽたとこぼれ落ちました。
 ヒトが腐り落ち、朽ちていくその中で。少女は安堵の表情を浮かべます。
「酒呑童子様、でしたよね。わたしをどこか遠い、幸せなところへ連れていってくださるのですか?」
 酒呑童子が高笑いをしながら、少女を両胸の前に抱えます。伏せた目を見て、酒呑童子は呪いを呟きます。
「な、なんですか?」
「3日だ。それくらい経てば、お前の目は見えるようになるだろう。さて、そろそろ寝床を探すか」
 ひとりの妖と少女と瑞雅は、村の近くの山を登りはじめました。
 やがて滅びた村を、朝日が照らし出します。

日の目を見ることなく死んだもの達を発見した瑞雅の親族達は、血眼になって瑞雅達を探すことになりました。

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