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黒山家の秘密 第四話

「イヤッ離して!」
「はー? なんなのアンタ、ちょーウザ」
 裏庭の人目につかない木々の影で、理花が数人のヤンキーに絡まれていた。
 そのうちの一人が、理花の髪を乱暴につかむ。
「ちょっと可愛いからって、チョーシに乗ってんじゃないワヨ!」
 頬を拳で思いっきり殴る音が、辺りに鈍く響いた。
「いっ……」
「いいねいいね、やっちゃえやっチャエ!」
「なっ……!」
 俺は全身の毛が逆立つのを感じた。腹の底から怒りが湧いてくる感覚だ。
「やめろ……やめろっ!」
「ゆ、ゆーくん……」
 涙目の理花がこちらを見た。頬が赤く腫れて、唇からは血が出てる。この野郎よくもーー!
「あ? なんだテメー、お前も殴られテーノ?」
『ユウイチ! こいつら……妖に憑かれてるよ!』
 ラピスの声に、俺は目をこらす。不良達の背中の辺りが、どす黒い何かで塗りつぶされている。
『早く祓わないと』
「わかった。ラピス、力を貸して」
 俺はふうと息を整えて「戌」の力を身にまとう。昨日のあの時のようにーー
「はは! こいつは、死に損ないの「戌」! 丁度いい、この男ごと殺せば姉様も喜んでくダサル!」
 甲高い声で笑った背の高い不良が、叫ぶ。
「カカレェ!」
 ガタイのいい不良が、俺に襲いかかる。手には金属バッド。俺は跳躍し、不良達の背中に回り込んで妖を裂いた。
「グアア!」
 妖が浄化されたときの黒煙が上がる。なんだ、大したことないな。
「……まずは一体」
 俺は、眼前の敵を見据える。今度は女子の不良がナイフを振りかざして襲ってきた。
「クタバレエ!」
「いやだね」
 今度は腕に攻撃をして、ナイフを手から落とさせる。ナイフに宿っていた妖を、思いっきり踏んだ。
「ギャアア!」
 また黒煙が立ち上る。だがーー
「油断したナア「戌」! こっちには人質がいるっていうことを忘れてないカア?」
「しまった!」
 先ほどの甲高い声の不良が、デオドラントスプレーの缶と、ライターを理花の首元に当てている。
 もし、スプレーを噴射して火をつけたらーー
「こいつが火だるまになってもイイノカァ? 嫌なら今すぐその場にひざまズケ!」
「くっ……」

「ねえ、そんなことして楽しいのかい? 趣味悪いなあっ」
「ナッ……!?」
 不良が、突如現れた女性から鋭い蹴りをお見舞いされて、吹っ飛んだ。
 肩の辺りまでたれたポニーテールの、少女。
 ーー咲楽さんだ。
「咲楽……ちゃん?」
「この子は私の友達だ、傷つけるのは許さない」
 咲楽さんが冷たい表情から一転、優しい笑顔で驚いている理花の頬に触れる。
「痛かったね。ごめんね、遅くなって。すぐ終わらせるから」
「オマエ、なんデ……”十二支のくせに”単体で動けるんダ!?」
「私は特別なのさ。力を授けたヒトの霊力が高かっただけ……」
 革靴を鳴らし、理花を人質に取った不良へ近づく彼女の身体が、次第に白い馬へと変わっていく。辺りの空気が張り詰め、澄んだ気がした。
「く、くるナ……!」
 白馬の姿になった咲楽さんは嘶くと、後ろ足で怯えている妖”だけ"に一蹴りお見舞いする。
「グア……ッ」
 妖が消滅し、操られていた不良がその場に倒れ込んだ。
 これで、ここにいる妖は全て消え失せたようだ。
 咲楽さんは再び嘶くと、人の姿になる。震えている理花の頭を撫ながら、こう言った。
「その傷は、自分で直せるよね? ”丑尾田”理花ちゃん」
「あ……」
 理花がその場に倒れる。咲楽さんはふうと息を吐いて
「優一くん。一人でよく頑張ったね」
 とこちらに笑顔を向けた。
「咲楽さん、理花は!」
「ああ、理花なら大丈夫。ほら、見て」
「……!?」
 理花の身体から、白いもやがふわりと浮かんできた。それは徐々に、角の生えた大きな生き物へと姿を変える。
『……騒がしいと思って出てきてみれば。「午」と「戌」か』
「やあ! 「丑」。こっちでは久しぶりだねっ」
「あ、あの」
「ん?」
「どうして、理花の身体から「丑」が?」
『知らぬのも無理はないな「戌」の小僧。我は理花に力を授けたのだ。先ほどの授業の時、理花が眠っておったから……夢の中で契約したのだ』
「ゆ、夢の中で……」
「十二支の力を得た者は、お互いの力が宿っている人が分かるんだけど……うーん、まだ理花に力がなじんでいないから、かなあ?」
 私は分かったんだけどなあと、咲楽さんは首を傾けながら言う。
「で、君なら治療なんてお茶の子さいさいなはずだけど?」
『無論だ』
 頷いた丑は気絶している理花の方を向いて、咆えた。するとーーキラキラとした白い光が、理花を包む。
 それはしばらく輝くと、やがてその場の空気に溶けてゆくように、消えた。
『うむ、これで良かろう。念のため、保健室とやらに運んだ方が良いだろう……「戌」よ』
「は、はい!」
「後のことは頼んだぞ」
 丑は再び白いもやに戻り、理花の身体に戻っていった。

 その様子を、こっそりと伺う一人の女性がいた。サラサラとした短い黒髪が、風に揺れる。
「……失敗しよったか。まあ、しゃあないわ。魑魅魍魎……やっぱり弱いわあ」
 着物に身を包んだその人はふうと息を吐き、その場からいつの間にか消えてしまった。

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