おばあちゃんのしゅりけん
あるところに大正時代のチャ-ミングレディだったと自称する、とってもバイタリティー溢れて、喧嘩っ早く、そしてちょっとだけ品の良いおばあちゃんが住んでおりました。
群馬にあるおばあちゃんの一家は真田様の家に仕えていた地侍の家系をとても誇りにしていて、遠い昔からみんな何かしら武術を修めるのが当たり前になっていました。
ご多分に漏れず、おばあちゃんも小さいころから剣術をはじめ、柔術、乗馬、弓術、薙刀などを習得していました。薙刀では女学校の県大会で優勝をしたり、特に外の物(とのもの)とよばれる手裏剣術に関しては、器用なAB型のおばあちゃんのこと、5人姉妹のうちで一番の使い手になっていました。
あるひのこと、お母さん代わりのお姉さんが、女学校に行くおばあちゃんのお弁当を作ってくれていた時のことです。
「おしょうちゃん、お弁当にお魚をいれておいたからね!」
「いやだ!あたしお魚いらないから。まずいし・・・」
「だめよ。もう作っちゃったんだから。贅沢言わないで」
「いやだったらいや!」
「じゃあ勝手にしな!!あんたもうもって行かなくて良いっ!」
その時、おばあちゃんの目がきらりと光り、持っていた象牙の箸を、あろうことかお姉さんの目にめがけて投擲したのです。
家族のものが「あっ!」と思う間もなく、一呼吸で箸はお姉さんの眼球向かって飛んでゆきます。・・・皆が、そしておばあちゃん本人もお姉さんの目がつぶされたと思いました・・・が、なんと間一髪!お姉さんもさる者、目は何事もなく・・・その代り、咄嗟に避けたその手の甲にはおばあちゃんが投げた箸が貫通して止まっていました。
「あたしは、お姉ちゃんの手でぶらぶらしてる箸を見てたら気持ち悪くなってきちゃってさあ・・・それでお父さんからも『馬鹿者、もう稽古は相ならぬ‼』って怒られちゃったんだけどさあ、こん畜生負けるもんか…って思って、隠れて稽古をしてたら上手くなったんだよ。だからにいちゃんも、なんでも言われたからって直ぐに言うこと聞いたらだめだよう。」
そう言ってアハハと笑うと、怯えるおさない孫の男の子に、独特の手裏剣の構えを見せてくれたのでした。
その構えは、目標に向かってほぼ正対しながら、剣を打ち込むように小さな動きで投げつけるもので、おばあちゃん曰く「じょうずにできたら剣を振りながら投げられるんだよ。」とのこと。
残念ながらその流儀の名称や伝書の類一切は、先の戦争による東京大空襲ですべて灰になってしまい、わからなくなってしまいましたが、あのしなやかな手の内や、不思議な構えは、大好きだったおばあちゃんの思い出と一緒に、今でもいきいきと孫の男の子の心の中で息づいているということです。めでたしめでたし・・・?
(いよく家武道昔語り百選より)