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イースター蜂起と七人の侍

前章

・実行直前の頓挫

アメリカの秘密結社の幇助によってドイツから武器を運んで来てくれていた輸送船が、アイルランド沖でイギリス海軍に撃沈された。
そして、「武装蜂起は無理だ」と同志たちを説得する為に、ドイツ海軍の潜水艦に乗って、アメリカから遙々帰ってきたロジャー・ケースメントなる人物も上陸直後に逮捕されてしまう。(後に処刑される理不尽)
アイルランド政府は、意気消沈しているであろう危険分子をイースター後に一斉検挙してやろうと、余裕を持ってイースター当日を迎えた。


・1916年4月24日 イースター蜂起

武装したアイルランド人男女1000人がダブリンの中央郵便局などの中心部を占拠し、共和国の成立を宣言した。

蜂起の際に中央郵便局(GPO)の屋根に掲げられた旗

そして、武装とはいっても旧式のライフル銃以外には何も持っていない素人の集団が、機関銃や大砲で武装した大英帝国の正規軍を相手に、一週間抗戦した。

結果的にはこの武装蜂起は、数千人の死傷者と市の中心部の破壊をもたらしただけで、圧倒的なイギリス軍によって鎮圧され、完全な失敗に終わったうえ、反乱当初、反乱部隊は同胞から支持されるどころか、暴挙だとけなされ非難される有様だった。

ところが、イギリス軍当局による反乱指導者16名の性急な処刑が事態を一変させる。
反乱指導者たちは望み通り、自分の生命を犠牲にすることによって、過去700年にも及ぶイギリスのアイルランド支配を終わらせることを確実にした。さながら英雄クーハランのように。


・武装蜂起実行に至る内情

何ヶ月も前から入念に蜂起計画を練り、いつも日曜日に行なわれている軍事教練に見せかけて、イースターの日曜日に決行することにしていた。
ところが届くはずのドイツからの武器がイギリス軍によって海底に沈められたとの一報が入り、創設者で参謀総長のオーエン・マクニールは独断で蜂起中止を決定し、各地に伝令を走らせ、ダブリン市で発行されていたイギリスアイルランド新聞『インデペンデント』に決行中止を伝える広告を載せた。

しかし、イースター当日午前九時、蜂起メンバーの委員たちはオーエン・マクニールには知らせずに、主要メンバーであったパトリック・ピアスの名の下に、「演習」は一日延期されただけで月曜日の正午を期して行なうという新たな通達を出したのみならず、密かに臨時政府の樹立を決定し、パトリック・ピアスをアイルランド共和国大統領 兼 最高司令官、ジェームス・コノリーを同副大統領に選出した。


パトリック・ヘンリー・ピアス

この足並みの乱れの為、ごく一部の実戦経験などない義勇兵しか動員できなかったが、それでも彼らは決行に踏み切り、中央郵便局を占拠して予め用意していた共和国国旗を掲揚し、午後一時前、パトリック・ピアスは七人の蜂起主要メンバーが署名した「暫定共和国政府樹立宣言」を高々と読み上げた。


実写なのか再現ドラマなのかは分からないが、イースター蜂起から首謀者の処刑までを描いたと思える動画だ。俺はアイリッシュミュージシャンの The Chieftains が好きで偶然この動画を視聴したが、流石に胸が詰まった。


・アイルランド政府の対応

前述の通り、この武装蜂起は一週間で完全に鎮圧され、首謀者全員が逮捕され、幕を閉じたかに見えた。
治安回復の為に必要な措置をイギリスから任されたマックスウェル将軍は、叛徒の指導者たちを時間の掛かる裁判に掛けるよりは、軍法会議により即刻処断すべきだと考えた。
こうして、共和国宣言に署名した7名の首謀者を含めた15人の指導者が、ろくな詮議も受けずに二週間足らずの間に次々に銃殺された。

そしてこの事実が、叛徒側に冷淡であったダブリン市民の感情を逆転させ、イギリス政府のやり方を非難させることとなった。

司馬遼太郎氏の愛蘭土紀行に、アイルランド人の面白い気質が紹介されている。
曰く「アイルランド人は客観的には百敗の民であるが、主観的には不敗だと思っている」
このことには、アイルランド人以外には持つことがなさそうな”幻想”という特異な能力が介在していることは確かで、更に、自己に対するしたたかな崇拝心があるのも確かだろうと、氏は分析している。

斯くのごとくして、イースター蜂起で無惨にも処刑された有志たちの有様が、「俺たちの戦いはこれからだ!」って、愛蘭土魂に火を付けた模様。



波多野裕造. 物語 アイルランドの歴史 中央公論新社より



・パトリック・ピアスが獄中から母に宛てた手紙


要約すると、これ以上の犠牲者を防ぐ為にイギリス軍の総司令官と交渉し、無条件降伏を受け入れたことなどが、穏やかな文章で綴られている。
そして、自分自身を含めた蜂起の指導者は喜んで誇り高く死ぬ覚悟ができていますと。

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母上も含めて嘆き悲しんでくれる人が多いのは慰めですが、どうか嘆き悲しまないでください。私たちはアイルランドの名誉と、私たち自身の名誉を守ったのです。
今、人々は私たちの行動を激しく非難しています。
しかし、後世の人々は私たちのことを忘れないでしょうし、これから生まれてくる世代の人々は祝福してくれるでしょう。
母上、あなたも祝福されるでしょう。あなたは私の母なのですから。
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・処刑7時間前に、刑務所内で恋人と結婚式を挙げたジョセフ


ジョセフ・プランケットとグレース・ギフォード

詩人でもあったジョセフ・プランケットが遺した詩

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二人で今いるチャペルは古いキルメイナム刑務所
この数週間が頭をよぎる、しくじったと思われているのだろうか
学校のときから自由は求めるものと習ってきたけど
この暗い場所だと君が一緒にいてくれればそれだけでいい

グレイス、抱きしめてくれ、この瞬間がいつまでも続いてくれ
夜明けが来れば連れていかれて死が待っている
全身全霊愛をこめて結婚指輪を指にはめてあげる
別れがくるから愛を語っている時間はない

勇者に抱く愛、この愛すべき祖国に抱く愛を
なかなか分かってもらえないのは知っている
パトリックから郵便局に来てくれてって呼ばれて
病床からみんなのところへ行くしかなかったんだ

グレイス、抱きしめてくれ、この瞬間がいつまでも続いてくれ
夜明けが来れば連れていかれて死が待っている
全身全霊愛をこめて結婚指輪を指にはめてあげる
別れがくるから愛を語っている時間はない

夜明けが来るのも近い、心が引き裂かれるのも近い
君への想いは歩いて出ていく五月の朝
みんなに分かるように壁に言葉を書いておく
バラの花が血の色に見えるほど愛している

グレイス、抱きしめてくれ、この瞬間がいつまでも続いてくれ
夜明けが来れば連れていかれて死が待っている
全身全霊愛をこめて結婚指輪を指にはめてあげる
別れがくるから愛を語っている時間はない

愛を語っている時間はない、別れが来るのだから
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ジョセフ亡き後、グレース・ギフォードは再婚することはなかった。

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