第六章 後鳥羽上皇の手抜かり

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(水無瀬神宮に伝わる「後鳥羽天皇宸翰御手印置文」(ごとばてんのうしんかんおていんおきぶみ)は、承久の乱で隠岐に流され、1239年(延応元年)2月22日に崩御した後鳥羽上皇の遺言。自らを弔うことと、配下に報いる領地の贈与などが記されている)


軍事的にも経済的にも鎌倉幕府を上回る勢いであった後鳥羽上皇であるのに、何故、承久の乱で敗北してしまったのか。


・実際に動かせる兵士の数が、決定的に少なかったから

元々、御家人というのは関東以北の坂東武者。
それが、論功行賞によって京都周辺の領地を与えられることとなる。
つまり、その土地の人たちとの縁も義理も乏しい、降って湧いた領主。
後鳥羽上皇が味方に付けた御家人たちは、そういう人たちだった。
また、京都らしい暢気なご当地ルールで、配下の武士たちが京都に登って奉仕するのは十年に一度の当番制。十人中九人は、領地で守備や経営をして過ごしている。
つまるところ、忠義心も高くない部下を10分の1しか動員できなかった。

逆に、義時側の御家人たちは、実力で領地を守り抜いてきた猛者たち。
当然、部下たちとの絆や信頼も篤い。
領主が、自分たちの家族や領地を守り抜いてくれると信じているから、命すら賭けて仕えることができる。

その結果、幕府軍一万数千騎に対し、朝廷軍千七百騎という余りにお粗末な戦力差が生じてしまった。


・リーダーとしての在り方によるカリスマ性の差



後鳥羽上皇は、身分が高過ぎる為、部下と直接話をすることができなかった。それは、味方に付けた御家人である大内惟義ですらそうで、間に貴族を挟んでの意思疎通だった。
貴族社会では、こういった距離感が、権威や神秘性として機能していたが、血生臭い現実を実力で生き抜いてきた武士たちに響く筈もない。

源頼朝は、挙兵の際、御家人一人一人を部屋に呼んで、「お前だけが頼りだ」と、熱く語り掛けた。
そして実際、奥州合戦では自ら陣頭に立って指揮を執り、活躍した配下には手厚い論功行賞を怠らなかった。
北条政子の演説により、この熱いドラマの記憶が御家人たちの胸の内に呼び覚まされたのではなかろうか。親から語り聞かされていた子孫だっているだろう。
斯くして、北条泰時すら、家臣に止められなければ、馬ごと宇治川に突っ込んで溺死しかねなかったほど、死をも恐れぬ勇猛な軍隊となったのである。



・文官たちの京都進撃進言


鎌倉幕府討伐を意向とする承久の乱の報告を義時が受けたとき、二つの選択肢があった。
一つは、防御に優れた鎌倉を拠点として籠城する作戦。
もう一つは、軍勢を京都に差し向けて、一気に敵の根拠地を落としてしまう作戦。

幕府の首脳部は激論を交わし、籠城に傾きかけたのだが、これに反対したのが文官のトップである大江広元。
無駄に時間を掛けていると、関東の武士たちを不安にさせ、離反を招く恐れがあると主張し、政子もそれに同調。

その後も二日ほど決めかねるが、高齢で自宅静養中の三善康信に意見を求めたところ、「あれこれ議論を重ねるのは愚かな考えで、時間を無駄に使ったのは怠慢だ」と叱責される始末。

ここでついに義時は覚悟を決め、泰時に軍を率いての出発を命じる。
そして、大江広元が予見していた通り、泰時が駆けるところ、雲が龍になびくように東国の武士たちは付き従い、大軍となって都に攻め上ることができたのである。
斯くして、雲霞の如き大群に攻め込まれた朝廷は、有効な対抗策を打ち出すこともできない侭、一ヶ月で完全降伏してしまう。

後日、義時の館に雷が落ちて一人が死亡し、これは上皇に逆らおうとすることへの神罰ではないのかと怯えるのだが、大江広元は頼朝の時代に雷が落ちて戦に勝った逸話を披露して、「まったく恐れるには及びません」と安心させたという。
流石の義時でも、上皇に逆らうことには畏れがあったようだ。
この沈着冷静な大江広元は、後の毛利家の先祖となる。


・その結末


後鳥羽上皇の側近の貴族は次々と処刑される。
武士にとって負ければ死が待っているというのは当然の感覚だったが、貴族は負けても最悪流罪というのが慣習だった。
だが、幕府はそういったことを配慮することなく、武士のルールを貴族に対しても容赦なく貫いている。
そして、治天の君であった後鳥羽上皇は、隠岐の島に流罪となる。
勿論これも前代未聞。他の上皇も皆流罪。
後鳥羽上皇の長男である土御門上皇は、幕府との対立を望まなかった人なので、義時は無罪で良いと考えていたらしいが、本人の希望により流罪となったらしい。一人だけ無罪となることを良しとしない潔い人柄だったようだ。

その後、天皇から後鳥羽上皇の血統は排除され、幕府が武力によって天皇を決める時代へと突入していくこととなった。

そして、後鳥羽上皇が私有地化していた膨大な荘園は、御家人たちへと与えられ、武士たちの支配が更に広まることとなる。


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