【小説】純血統種に報復を 第8話 初めての笑み
第8話 初めての笑み
オクタヴィアンは隣に座っている男性のことを見上げる。プラチナブロンドの髪に、オクタヴィアンと同じ赤い瞳。背中にはちゃんと、オクタヴィアンと同じように白い翼が現れている。
彼はオクタヴィアンの視線に気づくと、少し表情を緩めた。
「大分大胆な手に出たな。まぁ、いいが」
「この案は、エルのものですよ」
「だが、そなたはその案に乗ったのであろう?同罪ではないか?」
「父上、彼女が来たら、もう少し口調を砕いてくださいね。その様子では、すぐに魔王だとばれますよ」
オクタヴィアンの指摘に、彼の父―カミュスヤーナは、仕方ないとばかりに口調を変えた。
「わかったよ。タヴィ」
オクタヴィアンたちの方に歩いてくるセラフィーナの姿が見えたので、2人は椅子から立ち上がった。そして、カミュスヤーナと共に彼女の前に跪く。まだ、彼女の方が王族だから、身分が高い。
「本日はご足労頂き感謝いたします。オクタヴィアンの父、カミュスヤーナと申します。以後、お見知りおきください」
「顔を上げてください。今回は私がお呼びだて致したもの。そのような挨拶は不要です」
カミュスヤーナと共に顔を上げると、困惑した様子のセラフィーナがいた。オクタヴィアンたちはセラフィーナと共に席につく。
セラフィーナは、オクタヴィアンとカミュスヤーナの顔を見比べると、少し顔を緩めた。
オクタヴィアンとカミュスヤーナは、それなりに顔立ちが似通っている。セラフィーナはオクタヴィアンたちが親子であると認識して、安堵したのだろう。父とは言っても、見かけは20歳代前半くらいなので、ぱっと見は親子というよりは兄弟だが。
天仕も身体の成長度合いは、魔人に似ており、その成長は齢を重ねるほど緩やかで、30代前後で止まる。だから、セラフィーナも、オクタヴィアンたちを親子であると言われても、驚きはしない。
「この度は息子の申し出を受けていただき、ありがとうございます」
カミュスヤーナがそう言うと、セラフィーナはなぜかその頬を赤らめた。
「いいえ、確かに私の父や兄に会うのであれば、その方法が一番早いと思われます」
「……息子はそれだけの理由で、貴方に婚約を申し出たのではないと思いますが」
「父上、何を言い出すのですか?」
思ってもみない方向に話を振られて、オクタヴィアンは慌てて口を挟んだ。目の前でセラフィーナも驚いたように、口に手を当てている。
「オクタヴィアン。お前は、まさか彼女が言うように、王や次期王位継承者の方にお目通り願いたいが為に、彼女に婚約を申し出たのか?それでは、その願いが叶った後、彼女との婚約の許可が取れたらどうするつもりだった?」
なぜ、今ここでそれをカミュスヤーナに問いかけられるのか全く分からなかった。今回の婚約は、セラフィーナ以外の王族に渡りをつけるための布石だ。たぶん、王族ははぐれを献上された後、何らかの形で彼らの魔力を取り込んで自分の力にしていると考えられる。
それが明らかになれば、他のはぐれが蜂起する理由にできる。
そんな思いを心の中にしまって、オクタヴィアンはカミュスヤーナに応えた。
「もし、彼女が望んでくれるのであれば、結婚します。その時が来れば」
「このような息子でよければ、側にいてやってください。セラフィーナ様」
「……私は構わないが。簡単に結婚の言葉を出さない方がいいのではないかとは思う」
セラフィーナは言いにくそうに言葉を紡ぐ。
「ところで、前回の手紙は、お渡しいただけたのですか?」
「兄に渡した。兄から父にも話は通ったようだ。返答の手紙も預かった」
セラフィーナは、その手紙を取り出すと、机を滑らすようにオクタヴィアンたちに差し出した。
「分かっていると思うが、そなたたちの素性は調べさせてもらった。薬師をしているとか。かなり腕がいいと聞いている。父も興味を得ていたそうだ」
セラフィーナの言葉に、カミュスヤーナは薄く笑みを浮かべて、目線を伏せる。
「恐れ入ります」
オクタヴィアンはそんな父の様子を見て、内心どのように偽の情報をつかませたのかと不思議でならなかった。純血統種が住む地域に足を踏み入れたのはかなり前、神殿教室に情報収集の為、通っていた時のことだ。ただ、その地域に住んですらいなかった。別の者が純血統種の住む地域に拠点を設け、偽の情報を伝播しておいたのだろう。オクタヴィアンはその人物の存在にあたりをつけていた。恐らく叔父上だ。
オクタヴィアンは、机の上に置かれた手紙に目を向ける。白い封筒に金の縁取りが入った手紙。オクタヴィアンはその封筒を開封し、中に入っていた便箋に目を通す。
「一応、謁見の日時が指定されている。そこに来るのは私たちの家族全てとなっている。あと、君のお兄様かお父様に添わせるのに相応しい女性も、合わせて紹介するようにとある」
「それは、どういうことだ?」
カミュスヤーナが、オクタヴィアンの隣で腕を組みながら、口を挟んだ。
「彼女が結婚すると、王族からは抜けることになる。そのため、王族に別の者を補充したいと理由が書かれてはいます」
「……自分で探せばいいのでは?」
「探す機会がないのですよ。父上」
でも、紹介できる女性などいらっしゃいますか?と、オクタヴィアンがカミュスヤーナに問いかけると、彼は考えるようなしぐさを見せた後、軽く頷いた。
「紹介するだけでいいのであれば、何とかなるだろう。セラフィーナ様。この旨了承いたします。ご指定の日時に、こちらにお伺いいたしましょう。ところで……」
カミュスヤーナは、セラフィーナの顔を正面から見つめる。
「私たちがこのまま事を進め、それが成った場合、王族及び純血統種は今まで享受していた恩恵を失うことになります。私たちも含めてです。それで、貴方は本当によろしいのですか?」
「……それは、今まで間違った理の上に胡坐をかいていたのだから、当然だろう?」
「私たちに協力をしてくださるのですから、命を取ることまではしませんが、それなりの報いは受けて頂かないとならないかもしれません。そうでないと、他の者への示しがつきません」
「私ができることならいくらでも」
「王や次期王位継承者の方は、貴方様と同じ待遇にはできないと思います。それでも、貴方様は私たちに協力をなさいますか?」
カミュスヤーナからの問いかけに、セラフィーナは口を噤んだ。
「父上、焦り過ぎです。セラ。まだ、迷いがあるのなら、よく考えた方がいい。このままだと、君は今の身分も家族も失う可能性が高い」
「……それは、君と結婚しても同じことだろう?」
セラフィーナが大きな銀色の瞳でこちらを見つめる。
「それに、今時点でも私は兄や父とは、ほとんど会わないし、やり取りもない。今回の婚約の件で、久しぶりに兄と話したくらいだ。兄の反応もとても淡白なものだった。私はこの王宮という名の籠にずっと閉じ込められている。そして、ずっと出たいと望んでいた」
セラフィーナはオクタヴィアンの方を見て、軽く微笑む。
「タヴィ。君が私をここから連れ出してくれるのなら、私は、君に協力する」
初めて見るセラフィーナの笑みに、オクタヴィアンは息を呑んだ。
第9話に続く