【小説】純血統種に報復を 第6話 利点と欠点
第6話 利点と欠点
「また、お兄様が何を言い出すのかとひやひやしました」
エルネスティーネが、オクタヴィアンの方を向いて、そう言った。
2人とも、既に家に戻ってきている。
「一応、内容として、まとまっただろう?」
「よく、即興であれだけのことを話せるのかが、不思議でなりません」
エルネスティーネがオクタヴィアンに向ける瞳に映っているのは、敬意と呆れだ。
今日、セラフィーナと話して、良かったことと、悪かったことが、それぞれある。
良かったことは、セラフィーナ自身も、血統を重んじる天仕の理に疑問を感じ、それを壊そうと望んでいること。悪かったことは、セラフィーナは王族の中では、あまり重要視されていない存在であること。
「セラフィーナをこちらに引き込んだところで、王族の瓦解にはならないな」
「そうですね」
オクタヴィアンの言葉に、エルネスティーネが同意する。
「王族と言っても、王と次期王位継承者しかいないのだろう?それこそ、こちらも力でねじ伏せればよくないか?」
「だったら、はぐれの方々に、それこそ反旗を翻していただきたいですね。魔王が蹂躙してもあまり意味はないので」
まだ、はぐれを主導する人物がいない。いちおう、様子は伺ってみてはいるが、今ここに滞在しているはぐれの中には、そのような人物はいそうもなかった。自分たちもはぐれではあるが、実際に純血統種に虐げられたわけでも、命を狙われたわけでもない。生まれた時から、魔人の住む地にいて、はぐれの迫害の歴史も、父や祖父から聞いただけだ。父や母にとっても、物心つく前の出来事だ。できれば、実際に辛い目に合ったお爺さまであるアルフォンスに、はぐれを率いてもらいたい。
「それは早めにお爺さまが決断されることを待つとして、他にこちらができることはあるかな?」
「王や次期王位継承者を引っ張り出したいのですけどね。。あ、そうだ」
エルネスティーネがこちらを向いて、ニッコリと微笑んだ。
「このような方法はどうでしょう?お兄様」
エルネスティーネが、オクタヴィアンの耳横に手を当てて、自分の考えをひそひそ声で話す。
「それはいいけど。またセラフィーナと話をして協力を仰がないといけないではないか?」
「即興であれだけの話ができるのだから、セラフィーナの協力を取り付けるのも、お兄様なら簡単でしょう?」
先にお父様やお母様の許可を得ないといけないですけど。とエルネスティーネが言葉を続ける。
「ただでさえ、父上に深追いするなと言われているのに、そこまでどぶどぶに浸かっていいものなのだろうか?」
「嘘が本当になってしまったら、その時はその時では?」
「自分のことではないと思って、また軽く言うなぁ」
オクタヴィアンは軽く息を吐く。
「では、私は次期王に同じ手を使ってみましょうか?」
「それは止めておきなさい。今回のことがうまくいったら、セラフィーナの命は何とかなるかもしれないけど、王と次期王は処罰されるだろうから」
「それは確かに」
ちょっと残念。とつぶやく彼女に、オクタヴィアンは頭を振った。
「お兄様は、自分がそうすることに意義は唱えないのですね?」
エルネスティーネが念押しするように、お互いの目の前に、自分の人差し指を立てた。
「自分以外にできる者がいないだろう?」
「セラフィーナを利用することに、疑問や思うところはないのですか?」
「……何の理由を並べ立てたとて、現在の状況に陥ったのは、王族のせいであって、セラフィーナは王族の一人だ。あの理がなければ、おばあさまは死なずに済んだ」
「でも、私たちはおかげで、おばあさまに早くに会えたとも言えませんか?」
エルネスティーネの言葉に、オクタヴィアンは冷めた目を向けた。
「エルは、純血統種が今まで通り『はぐれ』を虐げるのを、黙ってみていろと言うのか?」
「……私はお父様のように直接、報復を命じられたわけではありません」
「それは私も同じだ」
「……私は血が流れるのが嫌です。今までお父様もそうなのだと思ってました。ですが、この件に関しては、お父様は手を緩めようとしていない。必ず、純血統種は報いを受けるでしょう。それも手ひどい報いを」
「自分たちがしたことには責任を持たなくてはならない。そうではないか?」
オクタヴィアンの方を見て、エルネスティーネは自分の唇を強く噛み締める。泣くのを堪えているのだと気づき、オクタヴィアンはエルネスティーネの唇を開かせた。
「牙があるのを忘れたのか?血が出ている」
「姫様は……たぶん何も悪くないのです」
「エル」
「私はこれ以上姫様と仲良くなりたくありません」
オクタヴィアンだとて、それは分かっている。セラフィーナは、はぐれの迫害には全く関係がないのだろう。関係が深くなるほど、好意を持てば持つほど、相手を手にかけることに躊躇いが出る。あのような提案をしておいて、そのようなことを言い出すなど、と思わなくもなかったが、それを責める気にはなれない。
「……分かった。今後は自分一人で、セラフィーナと対する」
「お兄様」
「だが、エルの方が考えを巡らすのは得意だろう?報告するから、考える方は任せる」
エルネスティーネは、首を縦に振って、オクタヴィアンの胸に縋った。
第7話に続く