【短編小説】将来の約束をしよう/有森・古内シリーズその15
天気は良くても、空は高く、空気は冷たくなってきた。
今年も、あと2ヶ月強で終わる。時がたつのは早い。
たぶん、中3ということで行事がそれなりに詰まっていること、受験勉強を並行して行っていること、そして、今、隣にいる彼女と付き合い始めたことが、大きく影響していると思う。
「どうかした?」
「ううん。そろそろ帰らないとな、と思って。」
そう言うと、莉乃は明らかに残念そうな表情を浮かべた。下校する時に少しだけ足を延ばして、前に来たことがある川辺の土手に来ている。土手に座っていると、制服姿はさすがに目立つ。だから、いかにも下校途中である風を装って、土手沿いをゆっくりと歩いている。桜は赤く色づいて葉を落とし始めている。その内、全て散って、冬が来るのだろう。
「そうだ。理仁君に会ったら、渡そうと思っていたものがあって。」
彼女は持っていた通学カバンに手を入れて、中をごそごそと漁った。以前、手作りのチョコレートを出してきたことを思い出していると、彼女がカバンから取り出した手には、白い封筒があった。受け取って、既に口が開いている封筒の中身を取り出すと、『縁結び指輪御守』と書かれた台紙に、ピンクと水色の輪が、赤い糸で結ばれている、お守りが出てきた。
「これ、修学旅行の。」
「そう、野宮神社に行った時に買ったの。」
僕たちの修学旅行は、京都だった。僕と莉乃は、同じ班で行動することになり、この野宮神社にも、足を運んでいる。
「班の他の友達に怪しまれなかった?」
「これは、素敵な出会いがあるように、大切な人と結ばれるように、祈願されたものだから。」
ほら、台紙に書いてあるでしょう?と言って、彼女はその箇所を指差した。
「それは知ってる。」
「知ってる?」
不思議そうな表情をした彼女に向かって、僕は自分の通学カバンから白い封筒を取り出して、中身を見せた。
「理仁君も、同じもの買ってる!」
「一緒に行ったんだから、買っててもおかしくない。」
「でも、一個で大丈夫だったのに。」
そう、この御守は、輪の部分が外せるようになっていて、交際しているのであれば、お互い、色違いの輪を持っていればいいものだからだ。
「理仁君こそ、他の人に怪しまれなかったの?」
「最後にトイレに行くからって言った時、皆から離れて買ってきた。」
「考えることは一緒かぁ。」
彼女がくすくすと笑う。
「水色の輪は僕が持って、ピンクの輪は莉乃が持つということで。」
「輪が2つになるけど。」
「一つは、本物の指輪の代わりにする。」
そう言ったら、彼女の顔が赤くなったような気がした。今、2人のいるところはちょうど夕日が差し込んでいて、辺りは橙色に染まっていて、彼女の元々白い顔も、薄っすら橙色になっている。だから、顔が赤くなっているのかが分かりづらい。
「今、分けよう。片方は台紙につけたまま、カバンの内側の見えないところに入れておいて。」
彼女は頷くと、台紙から水色の輪を金具ごと外し、台紙はカバンに戻した。そして、水色の輪を僕に手渡そうとする。
「ちょっと待って。左手を貸してくれる?」
彼女は水色の輪を持った右手を引っ込めて、代わりに左手を僕に向かって差し出した。僕はその手を取ると、薬指に自分が持っていたピンクの輪を嵌めた。金具がついていたが、それでも、彼女の薬指に嵌めると、ぶかぶかだ。
「大きすぎるな。」
「・・・。」
彼女は、自分の薬指に嵌ったピンクの輪をじっと見つめている。口をハクハクと動かしているが、声は出ていない。
「サイズは変えられそうだけど、金具を外して、合わせないとダメだな。今度、土日のどこかで会おうか。」
「う、うん。」
「じゃあ、莉乃も僕に嵌めて。」
「・・・分かった。」
彼女は、指輪を落とさないよう、左手の小指から人差し指を合わせ、そのまま両手の指先で、僕の左手を掴んだ。
「できそう?」
「・・・なんとか。」
彼女は、持っていた水色の輪を僕の薬指に嵌めた。莉乃ほどではないが、やはり大きい。
左手の薬指に嵌った水色の話を見ると、自然と唇が弧を描く。
莉乃が僕の顔を見て、ふるふると口元を震わせた。何か言いたいのだろうか?
「何か、言いたいことがあるの?」
「・・・理仁君が嬉しそうに笑ってて、貴重って思ってた。」
「何それ。」
そんなこと、そんな表情で言われたら、恥ずかしくて、可愛くて。
この場で抱きしめたくなるじゃないか。
人目があるからまずいだろうと思って、僕は彼女から軽く視線を逸らしたら、彼女は僕が気を悪くしたと思ったらしい。
「ごめんね。自分だけが、今みたいな笑みを見られるとなったら、嬉しくなっただけだから。」
慌てたように言う彼女の言葉が、僕に追い打ちをかけてくる。
「大丈夫。拗ねたわけじゃないから。」
「本当に?」
「本当に。」
莉乃は、ほっとした様に、僕に笑いかける。僕は彼女の左手を掴んだ。
「莉乃。」
「・・・はい?」
「お互い20歳になったら、一緒に京都に行かない?」
「京都に?」
「もし、別れて友達になっていたとしても、付き合い続けていたとしても。嫌いあってなかったら、必ず。」
莉乃は首を傾げて、問いかけた。
「なぜ20歳?成人したらじゃなくて。」
「お酒が飲める年齢が20歳だから。」
「そんなに京都、気に入ったの?」
「前にも言ったけど、自分の将来がどうなるか分からない。せめて、これぐらいなら約束してもいいかと思って。」
「・・・理仁君って、真面目。でもいいよ。将来の約束。」
莉乃は、右手の小指を僕の目の前に差し出したので、僕は自分のものを彼女の小指に絡めた。
20歳で再会した時に、次の将来の約束ができることを、心の中で願った。
終