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【小説】恋愛なんてよく分からない(仮) 第26話 秤

第26話 秤

ディートヘルムから話を聞き取ったカミュスヤーナは、大変大きな重い息を吐いた。テラスティーネも2人に心配げな視線を向ける。

「シルヴィアをアンガーミュラーに連れて行くことに、私は賛成できない」
「なぜ!」
その場に立ち上がって、カミュスヤーナに食ってかかるディートヘルムに、彼はてのひらを向け、落ち着くよううながす。

「シルヴィアは魔力量が人並みだと言う。ただでさえ、人間は魔人より魔力量が少ないし、寿命も短い。魔力量の多さで力量を図る魔人の住む地で暮らしていけるとは思えない」
「寿命が短いことは本人も理解している。例え弱くとも、私が側にて守るのだから、問題ないと考えている」
「シルヴィアをつがいとして、子をもうけられたとして、その子は魔王には成れない。成ったとしても、直ぐに別の魔人に倒される。」
「それは……」

ディートヘルムは、後半の問題には反論ができなかった。シルヴィアは魔力量が魔人と比較して少ない。ディートヘルムが多いとはいえ、その2人を両親に持つ子の魔力量は、魔人での人並みか、それ以下になると考えられる。まず、そんな弱い子が魔人の住む地で生きていけるのか。成長できたと仮定しても、その子に魔王を任せて、ディートヘルムが出奔しゅっぽんしたら、直ぐに他の魔人に討伐されるだろう。その時には、ディートヘルムは、アンガーミュラーにいないから、討伐とうばつされるのを防ぎようがない。

「自分の子が魔王に成ってすぐ倒されるのを、シルヴィアは望むだろうか?」
「望まないであろうな」
「もし、子ができなかったとしたら、シルヴィアを番とする意味もないし、シルヴィアをアンガーミュラーに連れて行く意味もない。アンガーミュラーに連れて行ったとしても、一生王の館から出られないだろう。好きな魔道具作成ができるとはいえ、それは彼女にとって、幸せなことなのだろうか?」
「……分からない」

ディートヘルムとシルヴィアの関係は、始まって間もなく、お互い今の生活を捨てたいという利が一致しただけであって、2人が番になることで、それが果たされないことが分かった以上、シルヴィアをアンガーミュラーに連れて行くという考えは捨て去った方がいいのだろう。

ディートヘルムは別の番候補を魔人が住む地で探せばいい。シルヴィアは魔道具の制作を諦めるか、今後も続けられるよう婚約者を説得するほかない。ディートヘルム本人も薄々分かっていた。このままお互いが一緒になることに固執こしつしても、お互いの願いは叶わないと。

「すまない。私がテラスティーネと一緒になったのは、私の生まれや育ちが特殊であり、かつテラスティーネの魔力量が人間にしては突出していたという、いくつかの要因が重なったことによるもので、そなたとシルヴィアの関係に当てはめることはできないし、参考にはならない」

「そうだな」
「どうしてもシルヴィアと一緒になりたいなら、そなたが人間に擬態ぎたいし、人間として生活を送るなら可能ではある。魔王としての生活は捨て去れるが、アンガーミュラーの民等も放り出すことになる」

「……」
「そなたにはそれができるか?」
「できない。伯母上もカルメリタも私にとっては大切だ。何の保証もなしに放り出すことはできない」
問いに即答したディートヘルムを見て、カミュスヤーナは苦笑する。
「そなたも魔王らしくはないな」
「いや、私はアンガーミュラーの魔王だ。ただの魔人ではない」
「……魔人らしくないと言った方がよかったか」

「……そなたは、私を責めないのか?」
ディートヘルムは、カミュスヤーナの穏やかな表情を見て、恐る恐る口を開く。
「責める?」
「私はそなたの伴侶はんりょに術をかけた。結果、大変な思いをしたであろう?」
ディートヘルムの問いに、カミュスヤーナは少し口をつぐんで考え込んだ後、口を開く。

「結果、テラスティーネは元に戻ったのだし、他の者に振り回されるのは、慣れている。それに術を解くために、あちこちに出向いて、割と有意義な時を過ごせた」
「そこまで、楽観的に考えられるそなたが、少しうらやましくなるな」
「さようか」

「あの」
2人が話し合っているところへ、テラスティーネが躊躇ためらいがちに口を挟む。
「シルヴィアに関しては、私に任せてもらえないでしょうか」
「何か良い案でもあるのか?テラスティーネ」
「ええ、シルヴィアの婚約者のブルーノは、私、存じております。確か同い年で、院で一緒でした。院で話をしたこともありますが、そこまで話が通じない相手ではなかったと思います。成人してから変わってしまったという可能性もありますが、一度話をしてみたいと思います」

カミュスヤーナは、テラスティーネの言葉を受けて、軽くうなづいた。
やかたに呼べばよい。同席したほうがいいか?」
「貴方が同席されると、ブルーノは本心を話さないかもしれない。隣の部屋には控えていてほしいけど」
「私は?」
テラスティーネは、ディートヘルムに胡乱うろんげな目を向ける。
「駄目よ。力を行使したのでしょう?萎縮いしゅくしちゃうわ」
「シルヴィアを守っただけだ」

テラスティーネは分かりやすく息を吐いた後、「私に任せてください」とキッパリ口にした。

第27話(最終話)に続く

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