【短編小説】俺はいつか救世主に裁かれる
柔らかいラグの上に寝転んで、ぼうっと天井を見る。天井は白くて、特に染みもなく、興味がかきたてられるものでもない。でも、休みのたびにそんなことを繰り返している。他にやりたいこともないから。
時々、瞼を閉じて、うとうとする。腹がなるけど、料理するのはもちろん、湯を沸かすのも面倒。どうせ動かないからと午前中はこんな感じで過ごしている。
そろそろ俺の救世主が現れるはず。
インターフォンが鳴る。俺は緩慢な動きでその場に立ち上がると、玄関に向かって歩いていき、鍵を開けて、扉を大きく開いた。
目の前に、レジ袋を両手に持った女の子、と言っても俺と同年齢だが、優花が立っている。彼女は俺の姿を上から下まで一瞥すると、大きく息を吐いた。そして、俺の隣をすり抜けて中に入ろうとする。
俺は、その彼女の体を逃げられないように捕まえる。彼女の体に力が入って強張る。何度抱きしめても、彼女はその行為に慣れない。その様子が愛おしい。彼女は下から俺のことをじと目で見上げてきた。
「何してるの?」
「優花成分を補給してる。」
「そういうのは、恋人としなよ。」
「いないの、知ってるくせに。」
耳元に唇を寄せてやろうかと思ったけど、思い直して、そのまま会話を続ける。レジ袋は取り上げて近くの床近くに置いておく。
「私は真哉の友達だから。」
「友達に抱かれる女はいないと思うけど。」
「でも真哉は私のこと、何とも思ってないでしょ?」
「そんな事ない。優花が一番俺の近くにいると思ってる。」
「なら。」
彼女はそこで口を噤んだ。
その先はもう何度も話題にして、結論を出しているから。
俺は、どこかで、選択肢を間違えた。
大学ではやりたい事が見出だせず、バイトにあけくれ、何となく保育士になった。保育士はそれなりに自分に合っている職業だったが、好きにはなれず、でも他にできることもないので続けている。
一番の困りごとは、賃金の安さだ。
自分一人が生活していくのがやっと。恋人なんて作れない。恋人にかける金が無い。結婚なんて、まず無理だ。貯蓄だって微々たるもの。
そんな俺のことを気にかけてくれるのが、今、腕の中にいる優花だった。多分、優花は自分のことを好きだと思ってくれているのだろう。俺も金さえあれば、優花と付き合って、その内結婚してたかもしれない。
彼女は、自分も働いているし、気にすることないと言って笑うが、自分に付き合って人生を棒に振ることはないと思う。さっさと俺のことを見限って、他の奴のところに行けばいいとさえ思ってる。
なのに、俺は助けを求めるふりをして、彼女に連絡を取るし、会った日は彼女を抱くし、彼女を試すような仕草や行為を繰り返している。彼女に囁く愛の言葉は、彼女を繋ぎ止める鎖なのか、それとも本心なのか。
俺は、最低な人間だ。
いつか、救世主でもある彼女に、俺は裁かれるだろう。
「何なら、今からする?」
「その前にご飯。今日、まだ食べてないでしょう?」
「今日は何?」
「昼は親子丼。」
「重くね?」
「ちゃんと食べないと、子どもたちに負けるよ。」
「はぁい。」
俺は、彼女の体を離すと、レジ袋を手に持って、飲み物くらいしか入っていない冷蔵庫の扉を開けた。
「優花。」
「どうしたの?」
「温かくなってきたから、明日は花見に行かない?」
「まだ、桜は咲いてないでしょ?」
「近くのホームセンターに、大きめの花屋が併設されてるじゃん。あそこに。」
「確かにお金はかからないね。」
彼女はクスクスと笑う。
明日は彼女に花を贈ろう。
彼女が好きなミモザの花を。
終
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