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【短編小説】100通のラブレター その後

2023年1月21日に投稿した「【短編小説】100通のラブレター」の続きです。本当は、その後100本小説投稿したら、書こうと思ってましたが、実際は116本後になりました(ちゃんと数えました)。

今までにないくらい、自分は緊張している。

待ち合わせの店のガラス戸に映る表情を見て、嗣巳つぐみはそう自覚した。人に会うのは嫌いじゃない。自分から示し合わせて、他人に会うのは、今までに何度もしてきたことだ。

嗣巳はネットを通じて、創作活動をしている。
合わせて、特定のプラットホームで、気になった創作仲間には声をかけて、会うようにしていた。

直接話を聞くと、自分にはない視点を得られるし、何より、同じ悩みを共有できる。一人で創作をしていると、やはりモチベーションが落ちてきて、思ったよりもリアクションが得られなくて、やめてしまう理由にもなる。それを防ぐ上でも、仲間を得ることは有効だ。

もちろん、無理強いはしない。
会って話すのには抵抗がある人もいるし、別に仲間なんていらないという人もいる。人にはいろんな創作のスタイルがあるし、それを否定するつもりも、邪魔するつもりもない。
同じ考えや思いを持つ人と繋がれればと思って、嗣巳は声をかけているだけだ。

今日、会うことを約束した人物も、嗣巳が声をかけた。だが、声をかけたのは、およそ一年半前。相手は、嗣巳と会うことを拒否はしなかったが、一つ条件を付けた。

『100本、私のために小説を投稿したら、考えます』

嗣巳は相手の条件の通り、小説を書いて、投稿し続けた。結局、100本投稿するのに、一年半かかってしまった。仕事をしながら、小説を書いているので、土日祝日を使って、週平均2本、月平均8本、計算すると12ヶ月強、書けない日もあったので、これだけの期間が空いてしまった。

100本目の小説を投稿し終えた時には、人知れず天を仰いでしまった。

これでようやく会える。

嗣巳は、速攻で相手にDMを送る。

『100本、小説を投稿しました』
『会いましょう。いつがいいですか?』

送ったDMには、間髪入れずにレスがついた。相手も予想していたのかもしれなかった。

それから、お互いの予定を調整して、今日、会うことになったのだ。今まで会った他の仲間と状況は変わらないはずなのに、自分はなぜこんなに緊張しているのか。会うまでに時間がかかったせいなのか、それとも前提として課された条件のせいなのか、嗣巳には、今なお、よく分かっていなかった。

唯一この事を話している友人がこの場にいたら、きっと珍しがられるだろう。普段は人付き合いがいい、言い換えれば社交的な嗣巳が、初対面の相手とはいえ、ここまで緊張することはあまりないからだ。今日会うことも話したら、ぜひ今度会った時に成果を聞かせてくれと、笑っていた。

表情が硬いなと自分の頬を手でさすった後、軽く息をついて、嗣巳はガラス戸を開ける。

待ち合わせ場所に指定されたカフェは、歩道に面した壁が全てガラスになっている。外から中は、ガラスが鏡のようになって、よく見えないのだが、中から外はよく見え、今も夏の歩行者天国になっている歩道を行き交う人の姿を眺めることができる。

中は、冷房が効いていて、寒すぎるほどだった。席もほぼ埋まっている。これだけ暑いと、皆、外を歩き回るよりは、涼む方を望むのかもしれない。嗣巳の場合は、既に相手はこのカフェに来て待っていると、連絡を受けていたから、座れないかもという心配をする必要はなかった。

聞いていた席には、男が座って、手元のスマホをいじっていた。テーブルの上の飲み物の氷はかなり溶けていた。かなり前から、このカフェにいたのかもしれない。思っていたよりも若い。もしかしたら、学生かもしれないと思いつつ、嗣巳は相手に向かって口を開く。

「こんにちは」

嗣巳が声をかけると、相手はスマホから顔を上げて、笑みを浮かべる。ちゃんと社交的な笑みだ。自分が仕事相手に会う時に、浮かべるものと同じ。

「はじめまして。すぐ分かりましたか?」
「はい。駅から思ったより遠いなとは思いましたが」

嗣巳の言葉に、「近すぎると、席が確保できないんです」と言って、相手は目の前の席を手で指し示した。

「暑い中歩かせてしまってすみません。何か頼みますか?」
「では、同じものを」

男は、店員を呼ぶと、アイスコーヒーを頼んだ。

「で、どうでしたか?」
「・・何がですか?」

荷物を置いて、ふうっと息を吐いたところに、男が興味津々きょうみしんしんといった様子で話しかけてくる。

「初めて会った感想です」
「・・女性かと思ってました」

相手が投稿していたのは、主に恋愛小説だった。主人公は男性だったが、文章の様子からして女性かと思っていた。だから、最初に男を見た時、ちょっと意外に思ったのは確かだ。

嗣巳がそう素直に告げると、納得したように相手はうなずく。

「まぁ、そうですよね。アカウント名も恋花れんかですし」
「恋花さんと呼ぶ、でいいですか?」
「いえ、本名は真人まさとです。真人と呼んでください。たぶん自分の方が年下ですし」
「・・おいくつですか?」

真人が口を開く前に、頼んでいたアイスコーヒーが到着する。ミルクのみ入れて、口に含んだら、少し緊張がほぐれた気がした。

「25です」
「10も違うのか。若いですね」
「こちらは嗣巳さんと呼べばいいのかな?」
「ええ、お好きなように」

嗣巳がそれは本名だと続けたら、「勇気ありますね」と返された。ネットに本名をさらすのは、その方が文章に自分らしさが載りやすいと考えるからだが、ネット上のトラブルを考えると、あまり理解されないかもしれない。実際、今までにあった創作仲間も、ネットで本名を晒している人は少なかった。

「それより、すみません」
「何がですか?」
「いえ、会うのに、偉そうな条件つけてしまって」
「・・ネットで知り合った相手から会おうと言われて、警戒するのは仕方ないので」

真人はその言葉にわずかに目を見開いた。

「でも、嗣巳さん、ちゃんと100本小説書いてくれましたね。全部読みました。嬉しかったです」
「・・そんな、大したものじゃない」
「でも、せっかくのラブレターも無駄になりましたね」
「ラブレター?」

嗣巳の聞き返しに、真人は、口を押さえて、困ったように笑う。

「いや、読んでいて、これは自分へのラブレターみたいだなと思ってたので、つい」
「ラブレターだと思って書いていたので、間違ってはいません」
「・・」
「君が好きという意味ではなくて、自分、小説は読んでくれる人へのラブレターだと思って書いているので」

慌てて言いつのった嗣巳の表情を見て、真人はこらえきれなくなったように噴き出す。楽しくて仕方がないといった様子で笑う彼に、嗣巳は動作を止め、不思議そうに真人を見やった。

「嗣巳さんは、面白い人ですね」
「そうですか?そんなに面白いことを言った覚えはないのですが」
「100通のラブレターを書いてくれた時点で、悪い人ではないだろうと思ってましたけどね。あえて、自分が出張る必要もなかったかもしれません」
「・・それはどういう意味ですか」

真人の言っていることがよく分からず、嗣巳が尋ねると、真人は嗣巳に断って、後ろを振り返った。

「直接話したら?流石さすがに失礼だよ」
「・・分かってる」

真人の後ろの席に座っていた人物が、席を立って、真人の隣の席に座る。真人と雰囲気の似た女性。

「はじめまして、嗣巳さん」
「はじめまして?」

嗣巳はその存在の意味を測りかねて、挨拶の語尾が上がってしまう。

「私が恋花です。本名は真凛まりん。こちらは私の弟」
「すみません。真凛はSNSを通じて知り合った人に会うのが初めてで。しかも男性だし、頼まれて、恋花のふりをしました。DMで実際にやり取りしたのも、小説投稿しているのも、姉です」

「本当にすみません」と2人同時に頭を下げる。嗣巳はその動作のそろい具合に、ゆるむ口元を押さえた。

「なるほど、そこまで警戒されてたんだ」
「本当にごめんなさい」
「まぁ、コメントやDMも頻繁に送ってたし、迷惑かもとは思ったけど」
「そんなことないです。本当に嬉しかったんです」

真凛は、嗣巳の言葉に、ひたすら頭を下げる。

「嗣巳さんの小説、私も過去の分もさかのぼって読みました。てんぱって失礼なことお願いしましたが、新しい小説が投稿されるのを楽しみにしてましたし」

「今日は全ての話について語ります」と意気込む真凛に対し、「それは時間が足りないんじゃないか」と苦笑する嗣巳。そんな2人の様子を見て、真人が口を開く。

「あの、自分は邪魔になりそうなので、ここで失礼しようかと思うんですけど」

真人の言葉に、2人は同時に視線を彼に向ける。その2人の目にすがるような色を感じて、真人は浮かしかけていた腰を戻す。2人は、申し訳なさそうな様子をかもし出しながら、交互に口を開いた。

「時間が許すようなら、一緒にいてくれないかな」
「そうだよ。今日は私がおごるから」

似た者同士だな。
2人ともこういう場に慣れていないらしい。

面倒そうだと思う自分に、この状況を面白がる自分が勝つ。

真人は、しぶしぶといった様子を演じながら、「いいですよ」と答えて、笑みを見せる。その言葉に目を輝かせるのも、嗣巳と真凛、2人ともほぼ同時だった。

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説那(せつな)
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