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【小説】恋愛なんてよく分からない(仮) 第19話 黒飛竜の鱗3

第19話 黒飛竜の鱗3

「父様。その方々は?」

寝台に横たわっていた少年が、その上に身を起こす。

「客人のカミュスとテラだ」
「初めまして。ハクロンと申します」

見かけは、父と言ったおさであるリュウコクとそう変わらない。
特徴的なのは、髪の一部が白く抜けていることだ。今まで見たこの集落の住人に同じような特徴を持つ者はいなかった。

「彼らが、そなたの病状を診てくれることになった」

リュウコクがハクロンの隣に立って、その頭を優しく撫でた。カミュスヤーナがリュウコクに軽く目配せを送ると、リュウコクと入れ替わって、ハクロンの隣に立つ。

カミュスヤーナは額、手首、耳下、下まぶた裏を順に確認していく。そして、再度耳下に指先を置き、目を伏せた。
今行っていることは、テラスティーネの父、アルフォンスの真似事だ。カミュスヤーナは顔を上げると、軽く息をついた。

「テラスティーネ。そなたも診てくれ。その後お互いの見立てを話し合おう」
「かしこまりました」

テラスティーネは、カミュスヤーナと場所を入れ替わると、カミュスヤーナと同じようにハクロンの肌に手を当てた。
その後、カミュスヤーナの隣に立ち、静かに言葉を発した。

「元々の保有魔力量が少ないため、生命活動の維持が難しくなっているのでしょう」
「そうか。私の見立ても同様だ」
「どなたかの命を分け与えればよいのではないですか?」
「そこは我らのどちらかとは言わないのか?」
「そこまでする必要性を感じません」

だが、命を与えることは天仕てんしでないとできない。
天仕は、人間とは別の人型の種族である。背中に大きな白い翼を持ち、空を飛ぶことが可能。また、人間よりは長寿で、魔力量も多い。

そして、彼らは「与うるもの」と呼ばれている。自分の能力、血、魔力等を自分の意志により他者に与えることができるとされる。この場で天仕の血を引いているのは、カミュスヤーナとテラスティーネだ。

「他者から命を奪い、奪った命を彼に与えればいいのです」
「……それができるのは私しかいないではないか」

カミュスヤーナは憮然ぶぜんとした様子で、言葉を返した。

魔人まじんは、他者の命や魔力を奪うことができる「奪うもの」と呼ばれる。これは、相手が抵抗しても、相手の魔力量を上回っていて、かつ、魔力の色が近くなければ、できる。魔人の血を引いているのは、カミュスヤーナのみ。つまり、奪うことと与えることの両方ができるのは、カミュスヤーナしかいないのだ。

黒飛竜くろひりゅうは、天仕や魔人のように、人間よりは長寿なのでは?この里の誰かから命を奪い、その命を与えるで良いのでは?カミュスヤーナ様の手をわずらわせるのが気にかかりますが」
「よい。分かった」

カミュスヤーナは顔を上げ、リュウコクの元に歩み寄った。今、テラスティーネと話し合ったことを彼に伝える。彼は、その話を聞いて、顔色を明るくさせた。

「本当か?他者の命を分け与えれば、ハクロンの持病じびょうは治るのか?」
「治る」
「なら、私の命を使ってくれ」

リュウコクは躊躇ためらうことなく告げる。あまりの躊躇いの無さに、カミュスヤーナの方が面食らうほどだ。

「いいのか?寿命は確実に短くなるが」
「そんなの些細ささいなこと。次の長はハクロンになる。私が死んでもハクロンが健康であれば、それで構わぬ」

自分の子が同じ状態だったら、そのように行動するかと思い直して、どのように進めればいいかを考えていると、テラスティーネがポツリと呟いた。

「カミュスヤーナ様は、彼らと口づけなさるおつもりですか?」

テラスティーネの言葉に、カミュスヤーナとリュウコクが顔を上げた。

「口づけ・・?」
「はぁ、証石しょうせきを介するから問題ない」

よく分からないといった様子で首を傾げたリュウコクに向かい、カミュスヤーナは追加で説明を加える。

「命や魔力など、生命の根幹こんかんにまつわるものを奪うまたは与えるには、身体の内部に近しい粘膜経由でないとできない、という制約がある。身体の内部に近しい粘膜で、一番合わせやすいのが口だから、テラスティーネは口づけするのかと問うたのだ」

一度カミュスヤーナは言葉を切った。そして、テラスティーネに声をかける。

「テラスティーネ。余計な口を閉じてやろうか。方法は私に任せよ」
「差し出がましいことを申し上げました。申し訳ありません」

2人のやり取りを見て、リュウコクが呆れたように口を挟む。

「テラはそなたの伴侶はんりょなのだろう?当たりがきつくないか?」
「彼女は他の魔王の術にかかっています。それを解くために状態異常回復の薬が必要なのです。詳しい経緯は割愛かつあいします。それを話している時間は今の私たちにはありません」

対応に移ってよろしいでしょうか?と言って、カミュスヤーナは右のてのひらを、リュウコクに向かって差し出した。


「カミュスヤーナ様。ご加減はいかがですか?」
「いい……とは言えぬな」

額に掌を当てると、カミュスヤーナは大きく息を吐いた。

リュウコクから命を奪い、それをハクロンに与える作業自体は無事終わった。リュウコクとハクロンは、疲れがあったのか、共に眠りについている。カミュスヤーナはその作業に伴って自分の魔力を消費した為、別途この部屋を貸してもらい休んでいるところだ。

命を与える行為は、テラスティーネの父アルフォンスからは聞いてはいたが、実際に行うのは初めてだった。思っていた以上に魔力を消費し、カミュスヤーナは体のだるさを覚えている。

「横から横へ移すだけかと思っていたのに、これほどまでに負担になるとは」

カミュスヤーナは、そうぶつぶつと呟くが、アルフォンスでさえ数年かけて少しずつ行った命の分け与えを、一日はおろか数時間で実行したのだから、その作業者に負担がかかるのは、当たり前と言えば当たり前と言える。この場にアルフォンスがいたら、そう彼に言うだろう。

「ご命令を」
「何?」
「私の魔力、お使いくださいませ」

テラスティーネは、カミュスヤーナの横にひざまずくと、彼の顔を覗き込んだ。
カミュスヤーナは彼女の顔を見つめ、軽く唇を噛んだ。

「いいのか?」
「何をおっしゃいますか。貴方様は……私のあるじですから」

自分の体のだるさが魔力不足から来ていることは分かっている。休んでいれば回復はするが、それには時間がかかりすぎるのも分かっている。テラスティーネから魔力を奪えば、その分回復は早いだろう。だが、確実に彼女は数日寝込む。やはり、自分は彼女に負担をかけることしかしないと自嘲じちょうする。

言葉を発さず、考え込んだ様子のカミュスヤーナに対し、テラスティーネがいぶかしげに彼の名を呼ぶ。

「カミュスヤーナ様?」
「いや、君の魔力を分けてくれ。テラスティーネ」

カミュスヤーナは、テラスティーネの頬に手を当てると、自分の顔を彼女の顔に近づける。

魔力を奪う側には快感を伴うが、奪われる側には不快感が広がる。だからむやみやたらと奪う行為をしたくはない。では逆に与える行為ならどうかというと、与えられる側に快感が伴うから、彼女が魔力を与えることをしても、辛いのは彼女の方なのだ。

案の定、そうしないうちにテラスティーネは、カミュスヤーナにぐったりと身体を預けてきた。魔力を取られているから、身体の動きが鈍くなったのだろう。テラスティーネの身体を支えながら、カミュスヤーナがその赤い瞳を開くと、青い目に涙をにじませたテラスティーネの姿があった。

第20話に続く

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