【短編小説】クリスマスプレゼントにカイロを拾いました。
私、稲村鈴音は、冬の寒いクリスマスイブの夜、カイロを拾った。
それに気づいたのは、翌日クリスマスの朝だった。
鈴音は極度の冷え性で、冬は寝つきがよくなく、朝早くから目が覚めてしまう。それなのに、その日は夢を見ることなく、深い眠りについた。目を開いて、枕元の目覚まし時計を見たら、10時をさしていた。
自分の目が信じられずに、何度も瞬きを繰り返したが、確かに10時だった。今日は休みの日なので、遅くまで寝ていても問題はないのだが、さすがに寝すぎだろう。
そして、体を起こそうとして、まるで布団に縫い留められているかのように、自由が利かないことに気づいた。寝ている間に、毛布が体に巻き付いたのかと思って、時計に向けていた視線を体に向けると、毛布の中から2本の腕が生えていて、自分の腰に巻き付いているのが分かった。
起き抜けなので、声を上げようにも、かすれたようなうめき声しか出てこなかった。腕から体を抜こうと、体をよじったら、腕に力が入って、ますます抜け出せなくなる。朝は体温が極度に下がって、寒くて唇が震えるくらいなのに、背中が特に熱く、さらに闇雲に体を動かしているせいか、僅かに汗ばんできた。
休みの日の朝に、自分は何をやっているのか。
喉が渇いてしょうがない。そろそろ限界かもと、鈴音が思った頃、腕の力が緩むと同時に、背中側の毛布の塊が盛り上がった。その瞬間に、鈴音は布団の外に転がり出る。息を整えて、その塊を見ると、塊の中から、腕の持ち主が這い出てきて、鈴音を見て、大きく欠伸をした。
「おはよーございます」
ぼさぼさになった髪に手を当てながら、鈴音に向かって挨拶をしたのは、自分と同年代とおぼしき男だった。寝巻代わりのジャージを着ているが、その顔に鈴音は見覚えがない。
「……だれ?」
「覚えてない?やっぱ、結構飲んでたんですね。口調はしっかりしてたから、大丈夫だと思ってたのに」
鈴音は男の言葉を聞いて、口を引き結ぶ。頭の中で、昨日の夜、自分が何をしたかを思い返す。昨日は友だちと飲んでいた。ただ、いつ帰ったか、飲んでいる途中からの記憶がない。
鈴音はお酒を飲んでも、素面に見えるし、口調もしっかりしているから、酒に強いと思われているが、実は弱い。記憶がない時も、通常通り行動してしまうが、朝には何をしたのか、まったく覚えていない。
慌てて見たスマホには、昨日一緒に飲んだ友だちから、「気を付けて帰れ」メッセージが届いていて、自分もそれに「今、帰ったから、大丈夫」と返信を返していた。今まで大きな失敗をしたことはなかったが、男を連れ帰ったのは初めてだ。
「ごめん……覚えてない」
「説明します。でも、その前に」
男は、自分のお腹に手を当てて、息を吐く。
「なにか食べれると嬉しいです」
「……何かあったかな。食べるもの」
「昨日、帰りにコンビニ寄って、今日の朝飯代わりのもの買ってましたけど」
「あー、そうなんだ」
首を傾げた鈴音を見て、男は再度呆れたように息を吐いた。
「家がない?」
「正確には、老朽化で建て替えるので、立ち退かされたんです」
「でも、それって前もって言われるよね?」
「ええ、でも忙しさにかまけて、新居探しを後回しにしてて、気づいた時には見つからなくて」
俺が悪いんですけどね、と言って、ハハッと軽く笑う。男はカイロと名乗った。本名か尋ねたら、はぐらかされた。多分、本名ではないのだろう。鈴音はその様子を見ながら、朝食のサンドイッチとともに買っていた、ケーキにフォークを入れた。一応、今日はクリスマスだ。
12月はまだ物件が少ない時期だ。2月くらいなら選べただろう。4月の新学期に向けて、物件の供給が増えるからだ。しかもカイロは、住んでいたアパートを借りたときは会社員だったが、その後フリーランスに転職していたらしい。その為、不動産会社及び家主側で敬遠されたという。
「こっちに頼れる知り合いもいなくて、ファミレスとかで時間潰すかと迷ってたところ」
「私が声をかけたと?」
「助かりました。寒かったし」
「家具とかはどうしたの?」
カイロの前には、既に食べ終わったフィルムや、皿しか残っていない。よほどお腹が空いていたらしい。昨日は、まともに食べれていたのかと、鈴音は心配になる。
「レンタルボックスに預けてあります。自分も泊まれれば良かったんだけど」
「マンスリーに行くとか考えなかったの?」
「……高いし」
彼が持っていたバッグパックの中には、数枚の着替えと、貴重品、そして、仕事で使うノートパソコンしか入っていなかった。立ち退き料も貰っており、お金がない訳でもないが、先が見えないので、出来るだけ使うお金は減らしたいのだそうだ。
だからといって、それで体調を崩し、病院にかかったり、仕事ができなくなったら、その方が大変だと思うのだが。それにしても、鈴音はなぜ彼に声をかけたのか。昨日の自分が何を思っていたのか、全くもって分からないのだった。
「一緒に寝てたのはなぜ?」
「予備の布団はないし、電気代もったいないからって、昨日の君に言われたんだけど」
「私の体に腕を回してたのは?」
「寝ながら震えてるから。手とか触ったら、めちゃくちゃ冷たいし。少しは温かいかと」
鈴音が珍しく良く眠れたのは、カイロがその名の通り体を温めてくれたからだと分かる。カイロというより、湯たんぽか。
「確かに、おかげで良く寝られたけど」
「それは良かったけど……全く覚えてないんだね。本当に」
「貴方に会う前から記憶がないから」
「……今までよく大丈夫だったね」
まぁ、あれだけちゃんと受け答えしてたら、酔ってるとは思わないだろうけど、と、カイロは付け加えた。
「えっと、しばらくここにいていいって言ったのも、覚えてない?」
「え?私、そんなこと言った?」
「行くとこないんだよねって、言ったら、見つかるまでいていいよって」
「……私が覚えてないことにかこつけて、都合の良いこと言ってない?」
カイロはそれに苦笑いで返す。嘘は言ってないのだろう。それにここまで事情を聞いてしまって、出ていってくださいとは、言いづらい。
「家賃とか光熱費とか、生活費とか半分出すし、仕事も邪魔なら外でできるから」
「……別にいいよ。昼間仕事でいない時は、自由に使っても」
「本当?」
「もちろん、他に条件がある」
鈴音の言葉に、カイロは当然だろうと言いたげに頷いた。
「なに?」
「夜、カイロ代わりになってほしい。良く眠れたから」
「カイロなだけに?自分は構わないけど、大丈夫なの?」
「なにが?」
カイロは、鈴音の顔をまじまじと見つめると、また大きく息を吐く。
「君が拾ったのが俺で、本当に良かったよ」
「意味が分からないんだけど」
「いや、気にしなくていい。春になる前には新居決められると思うから。それまでよろしく」
「ん。よろしく」
2人はコーヒーの入ったマグカップを合わせ、「メリークリスマス」と乾杯した。
終