【連作短編】一つの願いを叶える者 第八話 願いを叶える本当の理由
第八話 願いを叶える本当の理由
水色一色の空間を、虹色の光が乱反射している。
そんな中を、白い服を纏った少女がふわふわと漂っていた。白いフレアワンピース、靴は履いておらず、髪は短い。
しばらくすると、少女の向かい側から、同じくらいの年齢と思われる少年が少女と同じようにふわふわと揺蕩ってくる。
彼らは、一定の距離まで近づくと、その場に浮かんだまま止まる。
「久しぶりですね。」
「ほんとに。」
「話す時間はある?」
「呼ばれるまでは大丈夫じゃないか?」
2人はその場に腰を下ろした。空中からグラスを取り出し、飛び交っている光を捕らえて、グラスの中に入れると、それは液状化して、グラスの中にたまっていく。ある程度溜まったところで、2人は口をつけてそれを飲んだ。飲んだ後、2人ともに顔を綻ばせ、それぞれ手を頬に当てた。
「そういえば、アルファに会いましたか?」
「アルファは、願いを叶えたおかげで、人間になったと聞いた。」
「そうなんですか?」
「結婚を申し込まれたらしいよ。」
そう言って、少年はクスクスと笑う。
「じゃあ、もうアルファには会えないんですね。」
「・・人間としての生を全うしたら、戻って来るかもね。ただ、私達のことを覚えているかは分からないけど。」
悲しげに顔を歪めた少女に向かって、少年はそう答える。
「このところ、よく分からない願いが多くないですか?以前はもっとシンプルな願いが多かったように思います。お金とか地位とか名誉とか。」
少女が、指折りそう言った後、首を傾げた。
「所謂、愛とか絆とかに伴った願いが多くなったかもね。だからアルファが人間になったりもするんだよ。」
「誰かと一緒にいたいというものも、そうでしょうか。この間、ベータは、既にこの世にいない人と一緒にいることを望んだ男に会ったそうですよ。」
「どうやって、願いを叶えたって?」
「相手がその世界にいないのだから、することは一つでしょう。」
「ふぅん。人間って、死んだらどうなるんだろうね?」
「さぁ、どうなるんでしょう?でも、アルファのように、私達も元々は人間だったのかもしれませんよ。」
「それは、ないんじゃないかな。私達を最初に生み出したのは彼の方だろう?今回のアルファの件は、面白い願いだと喜んでいたと聞いた。」
「私がこの間叶えた愛猫を生き返らせてほしいというのも、愛によるものでしょうか?」
「そうなんじゃない?人間はペットと言って、他の生き物と生活を共にして、愛情を注ぐらしいから。」
「願いを自分のためではなく、他者のために使うというのも、愛がなせる業なのですね。」
少女はそう言って、手に持っていたグラスの中の虹色の液体を飲んだ。
「そういえば、デルタはこの間、いた世界を壊したと聞きましたが。」
少女が少年に問いかけると、少年の表情がわずかに強張った。
「それが、彼の願いだったのだから、仕方ない。」
「彼の方は、世界を作り直さなくてはならないことを嘆いていましたけど。」
少女の言葉に、少年は顔を歪めた。
「他に正常に稼働している世界をコピペして作ればいいんだから、そんなに難しいことでもないだろう。彼の方にとっては。」
「そうですね。世界の一つを作ることなど造作もないことでしょう。私達の存在も、彼の方の興味を持続させるための道具でしかないですからね。」
願いを叶える者を作ったのは、彼の方と呼ばれる存在。
見返りなしに人間の願いを一つ叶える。願いを叶えた後は、願いを叶えたことに関する記憶は削除される。すると、世界に対する補正がかかり、周りの記憶も矛盾がないように自動で修正される。
だから、実は結構な割合で、人間の願いは叶っていたりする。それを誰も覚えてないけれど。
なぜ、願いを叶える者が生み出されたのかというと、彼の方の気まぐれでしかない。何か、面白い願いを人間がしないか。まるで動画を見るかのように、それらを観察して楽しんでいるだけなのだ。もしかしたら、それらに厭きてしまったら、願いを叶える者もすべて消してしまうかもしれない。
実はこのような話は、彼ら、願いを叶える者の中でも何度も行われている。ただ、彼らが叶える願いは数多く、過去の記憶は次々に失われている。次に会った時は、今話したこともすべて忘れてしまっているだろう。
「ガンマ。呼ばれたよ。」
「はい。ではまた役目を果たしてきましょう。」
2人は、手元のグラスにある液体を飲み干すと、グラスを消して、その場に立ち上がった。
「次、いつ会えるか分からないけど、元気でね。ガンマ。」
「はい。デルタ。次お会いした時も一緒にお話ししましょう。」
2人は顔を見合わせて、ふんわりと微笑んだ。
終