見出し画像

【小説】恋愛なんてよく分からない(仮) 第20話 雪兎の氷羽

第20話 雪兎の氷羽

人間の住む地には、雪兎の氷羽がある。雪兎は雪深い地に生息する魔物だ。
雪兎は、氷でできた羽を持っている。それを少し拝借するだけでいい。だが氷だから、暖かいところでは溶けてしまう。何か魔道具で保管しておかないとならないだろう。

第13話 薬の素材

人間の住む地、エステンダッシュ領に冬が来た。
辺り一面が雪に覆われる頃、カミュスヤーナとテラスティーネは、森の中に分け入る。雪を防ぐため、丈の長い外套がいとうを頭からかぶっている。外套の下は寒さをしのぐ仕様にはなっているが、それなりに動きやすい服装になっている。

雪が積もっている森を見ると、心の奥底がチクリと痛むような気がすると、カミュスヤーナは思った。そうか。以前父の夢に図らずも入ることになった時、母が父の腕の中で息絶えたのも、このような雪深い森の中だった。

「カミュスヤーナ様、顔色がお悪いようですが、何かございましたか?」
「いや、気にするな。それよりも雪兎ゆきうさぎを探せ。雪にまぎれているはずだ」
テラスティーネは、カミュスヤーナの様子を気づかわしげに見やったが、あるじめいを遂行するのが先と気持ちを切り替え、辺りを注意深くさぐる。

「カミュスヤーナ様。足跡が」
テラスティーネが指し示した先に、カミュスヤーナは目を走らせる。
細長い足跡が、森の奥に続いている。
雪兎の姿は、院の図書室にある図鑑で念のため確認をしてきた。この足跡は雪兎の物で間違いないだろう。

「待て。囲まれている」
自分たちの周囲に気配を感じ、カミュスヤーナは姿勢を低くして構えた。テラスティーネもカミュスヤーナと背中を合わせるようにして、腰の細剣レイピアの柄に手をやり抜刀する。
「何だ。雪狼ゆきろうか?」

2人を魔獣の群れが囲んでいた。
「テラスティーネ。剣を振らなくていい。威圧いあつで追い返す」
「はっ。隣に控えております」

テラスティーネは、カミュスヤーナの隣で細剣を構えたまま、魔獣の群れに視線を向けた。カミュスヤーナは、瞼を閉じて大きく息を吐いた。その後、目を開き、魔獣の群れをその赤い瞳で睨みつけた。うなっていた魔獣等が、ピタリと動きを止める。しばらくすると、その場に伏せ出す。
テラスティーネはその様子を見て、細剣をさやに戻した。

「さすがはカミュスヤーナ様」
テラスティーネの言葉に、カミュスヤーナはわずかに気を高揚こうようさせたが、その気持ちを振り払うように頭を振った。
「それより、雪兎だ。早く見つけて、氷羽こおりばねを採取しよう」
「かしこまりました」

伏せたまま動かない魔獣たちの間を抜けて、先ほど見つけた足跡を辿たどる。辿っていくと、雪の谷間に巣穴を見つける。
「雪兎は毒牙や毒爪などはありますか?」
手を巣穴に入れて確認しても大丈夫でしょうか?とテラスティーネが首を傾げる。

「雪兎は、毒は持っていない」
では。とテラスティーネは巣穴に手を入れ、しばらくすると白の毛玉のようなものを引きずり出した。

真っ白な毛に、長い耳、金色の瞳。背中から氷で作られた羽が生えている。テラスティーネはちょうど雪兎の首の後ろ辺りを持っていて、雪兎は大人しく身をゆだねていた。
「羽には触れないように」
「存じております」

カミュスヤーナは、腰に吊るしていた魔道具の保管袋の口を、氷羽の下で開くと、人差し指を氷羽の端にかざして、下から上に人差し指を動かした。氷羽の端が切れ、保管袋の中に入る。

「もう何体か分採取しよう。その個体は放していい」
「かしこまりました」

そう答えつつも、テラスティーネは中々雪兎を手放そうとしない。しげしげと眺めて、その青い目を細める。

「何かあったか?」
「いえ、可愛らしいと思いまして」

カミュスヤーナは、テラスティーネの言葉に、別の雪兎を探す視線を戻した。

「一応、魔物だが」
「ですが、このように見ると、猫のようです」
「……雪兎は性質上飼えない」
「存じております」

術にかかったテラスティーネが、感情を見せるのも、命を直ぐに受けないのも、初めてのことではないだろうか。もしかしたら、少し術の効きが薄れているのかもしれない。どちらにせよ、薬の素材はすべて揃った。間もなく、薬を調合し、テラスティーネの術を解くことができるはずだ。

残念そうに雪兎を放すテラスティーネを見ながら、カミュスヤーナはそう思った。

第21話に続く

サポートしてくださると、創作を続けるモチベーションとなります。また、他の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。