【小説】恋愛なんてよく分からない(仮) 第18話 黒飛竜の鱗2
第18話 黒飛竜の鱗2
カミュスヤーナとテラスティーネが案内されたのは、谷間に形成された小さな集落だった。数十人の人々がその集落に暮らしているようだ。
皆、黒い髪に黒い瞳をしている。普通魔人の瞳や髪の色は個人によって異なり、その子は親の色の一部を受け継ぐが、ここに住んでいる魔人たちが持つ色は、黒一色だった。
「長。客人を連れてきた」
「これは珍しい。数十年ぶりくらいではないか」
男に長と呼ばれたのは、まだ十代に見える少年だった。瞳に映る光は理知的で、それでいて穏やかな色を放っている。
「私は、ここから南東に位置するユグレイティの地を治める、魔王カミュスヤーナという。彼女は私の伴侶、テラスティーネだ」
「カミュスヤーナとテラスティーネか。長くて呼びにくいな」
「……カミュスとテラでいい」
「その辺りに腰を下ろしてくれ。カミュス、テラ」
カミュスヤーナとテラスティーネは、示された床に座り込む。目の前には飲み物と数多くの果物が並べられた。
「私はこの集落の長、名をリュウコクという」
「リュウコク。聞き慣れない響きだな」
「まぁ、そうであろうな。だが、この集落に住む者は、皆似たような響きの名を持っているが。で、ここには何用で参った?」
カミュスヤーナが口を開いて応えようとする前に、彼らを案内してきた男が口を挟んだ。
「状態異常回復の薬を作るのに、黒飛竜の鱗が必要で、それらを探しているそうです」
「彼の言っていることは正しいか?」
リュウコクが確認をするのに、カミュスヤーナは軽く頷いた。
「必要なのは鱗だけか?黒飛竜自体は必要ない?」
「……棋獣として一体手に入れようかとも思ったが、無理は言わない」
「そなたの魔力量であれば、力づくで、手に入れることが可能だろうが、それはしないと?」
リュウコクは飲み物を口にしながら、楽しげに口の端を上げた。
「遠距離移動が不便だが、移動する手段がないわけではないので、別に構わない。それよりは、有能な人材があれば欲しいといったところだな。ユグレイティの地には魔人がほとんどいない。今も少ない人数で回してはいるが、もう少し各自の負担を減らしたいとは思っている」
そうでないと、子を儲けることもかなわぬ。とカミュスヤーナは話を続ける。もし、術にかかっていないテラスティーネがいたら、彼の隣で顔を真っ赤にさせていたところだろう。
「魔王なのに、力を鼓舞することもせず、治める地の魔人たちの負担を減らしたいと考えるのか?魔王らしくないな。そなたは」
「……それは周りに厭れるほどに言われているので、口にしないでくれ」
もう聞きたくない。とカミュスヤーナが顔を歪めると、リュウコクは面白そうに声を上げて笑った。
「なるほど。なら、この集落の者を連れていくか?それなりに有能だ。そしたら、鱗も手に入る」
「は?」
カミュスヤーナが赤い瞳を瞬かせて問うと、男が慌てて、口を挟んだ。
「長。話しすぎです」
「魔王に隠し立てしたら、こちらの命が危うい」
「いや、本当に力を行使するつもりはない」
リュウコクが言う言葉を慌てて訂正するカミュスヤーナ。
「そなたが行くか?シリュウ」
長から、シリュウと呼ばれた男は、頭に手を当てる。
「私が行くとなれば、妹も共に連れていくことになりますが、よろしいのですか?」
「以前からここを出てみたいと申していたではないか。ミロンも共に連れていって構わない」
「待て。話が見えないのだが」
カミュスヤーナの言葉に、リュウコクとシリュウは顔を見合わせた。リュウコクがカミュスヤーナを見て、口を開く。
「私たちが、そなたが探している黒飛竜なのだ。カミュス」
「黒飛竜?そなたたちが?」
「そうだ。元の姿だと、食料がもたないから、普段は魔人の姿に擬態して、生活している」
この付近は食料になるものが少ないからな。と言って、リュウコクは微笑んだ。
「ここにいるシリュウは、以前からここを出たいと言っていてな。ここは窮屈なのだと」
「長。私は別に、ここに不満があるわけではありません」
「分かっている。だが若いうちに、広い世界を見に行くことはいいことだろう」
シリュウは、カミュスヤーナより僅かに年上ぐらいの見かけだが、黒飛竜の中ではまだ若いらしい。どう見ても長の方が若いように見えるが、実年齢はどうなっているのだろう。
「だが、カミュス。ただで、とはいかないのだが」
「先ほど、シリュウにも言われた。交換条件があると」
リュウコクは、シリュウをちらりと見やると、姿勢を正して言葉を紡いだ。
「実は私の息子には持病があって、長くは生きられないとの見立てだ」
「何?」
「そなたには、私の息子の持病を治すことは可能か?」
「それは・・そなたの息子を診てみないことには」
「案内する」
リュウコクはその場に立ち上がると、身を翻して、建物の奥に足を進める。カミュスヤーナはテラスティーネと共に立ち上がり、彼の後に続いた。シリュウはその場にとどまり、彼らを見送ると、深くその場で頭を垂れた。
第19話に続く