【小説】恋愛なんてよく分からない(仮) 第10話 薬学研究室
第10話 薬学研究室
とにかく華やかな生徒だと思った。そこにいるだけで、人の視線を引き付けるような色と容姿。
最近、魔法学を教えるために、非常勤講師として、院に来たカミュスヤーナも、とても整った容姿で、男女問わず人の興味を引いている。だが、彼に向けられるのは、好意というより、憧れだ。整いすぎた容姿は、人間らしさが薄れ、神々しさが増す。
おまけに、彼は既に婚姻している。婚姻している相手のテラスティーネのことも知っている。この院では常に一緒に講義を受け持っていて、その仲睦まじさを見れば、他の者もそれに割って入ろうとはしないだろう。この目の前の生徒を除いては。
「先生。何を考えているのですか?」
ヘルミーナの自室に来たディートリヒは、不思議そうに首を傾げる。
「いや。まだ、院生である君が、なぜ研究室に所属したいと言っているのかと考えていた」
「もちろん、興味があるからに決まっているではありませんか」
「君が一番興味を持っているのは魔法学だろう?薬学ではない」
「魔法学のカミュスヤーナ先生も、テラスティーネ先生も、研究室を持っていないのだから、仕方ないではありませんか」
ディートリヒは、そう言って、息を吐くが、薬学研究室の教授であるヘルミーナとしては、その言葉を額面通り受け止めることは到底無理な話だった。
「そうではない。院生である間は、院で学問を習得するのに、修辞せよ。と言っているんだ。院を卒業して、研究生になって、研究室に所属すればいいではないか」
「私は、院を卒業した後も、ここに留まるつもりはありません。院自体にはそれほどの興味はありません」
「だから、今のうちに研究室に所属したいと?」
「そうです」
「勉学にいそしむのはいいことだが、却下する」
ヘルミーナの言葉に、ディートリヒはその顔を不服そうに歪ませた。
「なぜですか?」
「別に目的があるのではないか?」
「何も企んではいません」
「カミュスヤーナが、この研究室を借りて、行っていることが知りたいのだろう?」
ヘルミーナが率直に尋ねると、彼は分かりやすく押し黙った。
その様子を見て、ヘルミーナはやはりと思う。
ディートリヒが、頻繁にカミュスヤーナとテラスティーネが使用している院の自室に出入りしていることは、知っている。一応、カミュスヤーナ本人にも彼のことは尋ねている。
何でも、カミュスヤーナとテラスティーネのことをどこかで聞き及んで、院まで追いかけてきているらしい。まぁ、確かに、カミュスヤーナもテラスティーネも、この院に生徒として所属している時から優秀ではあった。
それに2人とも魔力量が豊富で、魔法士としても活動している。特に、カミュスヤーナは、このエステンダッシュ領の領主を務めたこともあるから、どこかで彼らのことを聞き及んでいても不思議ではない。
そして、ディートリヒ自身も、突出した能力を持っていることは、カミュスヤーナから聞いている。優秀な者のところには、優秀な者が集まるということなのかもしれない。
魔法学ではなく、薬学に興味があるのであれば、別に院生であっても、研究室に所属して構わないのだが、それ以外の目的があるのであれば、話は別だ。
「なら、却下だ」
「ヘルミーナ先生!」
「カミュスヤーナ本人に聞け。そのような理由で、研究室に所属されても迷惑でしかない」
「そのようなことを言っていいのですか?」
ディートリヒはヘルミーナの目をその黄色い瞳でじっと見つめてくる。でも、ヘルミーナに何も変わりがないことが分かると、顔色を変えた。
「なぜ……」
「カミュスヤーナに念のためと言われて、貰った物が役に立っているようだな」
ヘルミーナはディートリヒに向かって右の手首を見せた。
手首には銀色の細い輪がついている。その輪には細かい文様が複雑に描かれていた。
「私は魔法学には疎いので、よくは分からないが、何かを防ぐ効果があるらしい。院にいる間は身につけておいた方がいいと言われたのでな」
「既にお見通しというわけか・・。分かりました。今日のところは引き揚げます。先生」
ディートリヒは席をたって、ヘルミーナに背を向け研究室を後にする。ヘルミーナはそれを、息を吐きつつ見送った。
第11話に続く