【小説】純血統種に報復を 第7話 偽りの婚約
第7話 偽りの婚約
「婚約?私とそなたがか?」
セラフィーナの問いかけに、水色の髪の少年が真面目な顔つきで頷いた。
セラフィーナは王宮図書館で、オクタヴィアンと話をしている。本日は妹のエルネスティーネは不在だった。つまり、王宮図書館には、セラフィーナとオクタヴィアンしかいない。相談事をするのには、良い場所である。
オクタヴィアンは、純血統種以外の天仕、つまり「はぐれ」が狩られた後どうなるのかが、どうしても知りたいのだと言う。
しかし、セラフィーナはそのことについては知らない。知っているのは、狩られたはぐれが献上される王である父か、次期王位継承者の兄だろう。それを伝えたら、父か兄に、オクタヴィアン自身が接触したいと言ってきた。
一介の純血統種が会おうとしても会えない存在が王族だ。セラフィーナも王族だが、例外と言っていい。
いわゆるはぐれを狩る存在になれば、分かるかもしれないとの話になったが、オクタヴィアンは、他の天仕を狩る存在にはなりたくないと言う。なってみて、担当のはぐれを逃がすことも考えたが、毎回はぐれを逃がしていたら疑われるし、それに王族に会えるような地位に上り詰めることも多分できない。
いろいろ考えた結果、オクタヴィアンが出してきた提案が、セラフィーナと自分が婚約をすることにして、その許可を得るために、父や兄に謁見する方法だった。
「セラフィーナ様は既に婚約者は決まっていらっしゃるのですか?」
「次期王位継承者である兄上でさえ、決まっていないのに、私の婚約者が決まるわけがなかろう?」
「でも、婚約をしてもおかしくない齢ではございますよね?」
オクタヴィアンはそう言ってニッコリと笑う。笑みだけ見れば、恋人へ向けて愛を語っていると感じられなくもないが、そこそこ失礼なことを聞いている。
「そういうそなたは、まだ婚約できる齢ではないのではないか?」
「こんな見かけですが、齢は19です。ご心配なく」
オクタヴィアンの言葉を聞いて、セラフィーナは身体の動きを止めた。
19?どう見ても、セラフィーナと同じくらいにしか見えない。
セラフィーナが目を瞬かせていると、オクタヴィアンは楽しそうにほほ笑んだ。
「で、セラフィーナ様。私と婚約はしていただけますか?」
「普通、こんなところで申し出ることではないであろう?」
「ですが、セラフィーナ様とはここでしかお会いできません。それとも私の両親にも会っておきますか?その方が安心なされるのでしたら、手配いたしますが」
オクタヴィアンは本当に口数が多い。そして、本心が良く分からない。
いや、オクタヴィアンが言っているように、自分との婚約は、兄や父に会うための手段でしかないのだろう。それをなぜセラフィーナは寂しく思ってしまうのか。
「セラフィーナ様……?」
オクタヴィアンがなぜかセラフィーナの顔を見て、その赤い瞳を見開いた。彼が何に驚いているのかが分からず、セラフィーナは素直に問いかける。
「どうした?なぜ、そんなに驚いたような顔をする?」
出てきた自分の声が湿り気を帯びていて、セラフィーナの方が驚いた。
「すこし、急ぎすぎましたかね?」
オクタヴィアンは、袂からハンカチを取り出して、セラフィーナに差し出した。彼女は差し出されたハンカチを受け取る。
「泣かせてしまうつもりはなかったのです」
彼にそう言われてはじめて、セラフィーナは涙を流しているのだと気づいた。
「いや、私の方こそ、泣くつもりは」
「いつもこういうところを妹に指摘されるのです。私は相手への配慮に欠けると。セラフィーナ様が嫌なのであれば、他の方法を模索しますから、気にしないでください」
オクタヴィアンはそう言って、心配そうにセラフィーナの方を窺った。
「いや、分かった。そなたに協力する。だが、多分婚約の許可を得るとなると、そなただけではなく、そなたの両親や家族も呼び出されると思う」
「……そうですよね。できれば、母や妹はその場に連れて行きたくないのですが」
「……なぜ?」
不思議に思って、セラフィーナが問いかけると、オクタヴィアンは歯切れの悪い口調で答える。
「純血統種がはぐれを虐げるために行っている内容を、私は調べて知っているものですから」
「だが、そなたの家族は皆、純血統種であろう?ならば、問題ないのでは?」
「虐げの対象になるのは、血統の違いだけではありませんよ。セラフィーナ様」
オクタヴィアンはセラフィーナの前で、指を立てる。
「身分の違いや性別の違いも、虐げの理由になるのですよ」
「……」
「そう考えると、天仕って面倒くさいですね」
「……そなたも天仕だろう?」
まぁ、そうですね、とオクタヴィアンはくすくすと笑った。そして、次に手紙をセラフィーナに差し出してくる。
「婚約の許可を得たい旨の手紙です。お兄様かお父様にお渡しください。中を改めていただいて構いません。この場で封をしますから」
セラフィーナはオクタヴィアンに言われた通り、便箋を封から出して、中身を改める。内容は、セラフィーナとこの王宮図書館で会い、交友を深めてきた。その結果、思いを交わすようになった。それに伴い、婚約をしたいので、許可を得たいと記載されている。
署名には彼の名前オクタヴィアンと、その下に別の筆跡でカミュスヤーナと書かれていた。
「このカミュスヤーナというのは?」
「ええ、私の父です。もし、事前に会いたい等あれば、この王宮図書館で会えるようにしますが」
セラフィーナ様は、王宮の外には出られないでしょう?と彼は言葉を続けた。
「……そうだな。できればお会いしておきたい。そなたの父もこの件については存じ上げているのだろう?」
「ええ、知っています。そのように手配させていただきますね。では、セラフィーナ様。私たちは思い合っている者同士。これからは愛称で呼びませんか?」
「愛称で?」
セラフィーナはオクタヴィアンの申し出に思わず問い返す。
「ええ、私のことはタヴィとお呼びください」
「タヴィ。私はセラでいい」
「わかりました。セラ」
オクタヴィアンは、セラフィーナが受け取ったハンカチを取り上げると、代わりに彼女の目元を優しくぬぐった。
第8話に続く
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