【小説】恋愛なんてよく分からない(仮) 第25話 解術
第25話 解術
玉座に深く腰掛け、目を瞑って、膝の上で手を組んでいた魔王ディートヘルムは、ハッとしたように目を開いた。
宰相カルメリタが、その様子を見て、口を開く。
「いかがなさいましたか?ディートヘルム様」
「術が解かれた。思ったよりも早かったな」
「……御身にご不調は?術を無理やり解かれたのでしょう?」
「覚悟はしていたが、多少ふらつく程度で、思ったほどではないな」
無理やり力づくで解いたのではないのか?
無理やり破った術は、術をかけた当人に返る。本来であれば、ディートヘルムは今頃正気を保てていないはずだ。つまり、カミュスヤーナは何らかの手段を得て、術を平和的に解いたのだろう。ディートヘルムが想定していなかった結果だ。彼は、満足そうに口の端を上げた。
「しかも、隷属の術が解かれると同時に、混乱の術が発動するよう仕掛けておいたが、そちらも解かれた。」
実は、魔王ディートヘルムが得意とする術は、魅了ではなく隷属だった。相手を主と崇め、傅く術だ。基本主が出す命令には抗えない。死ねと命を出せば、簡単に自分の命を差し出せる。魅了も隷属も効果としては相手を従えるものなので、ディートヘルムは外部には魅了が得意とうたっている。単にその方が分かりやすい、それだけの理由による。隷属はあまり使われない術であった。魔王という存在であれば、あえて術をかけなくとも、他の魔人は隷属するからだ。
「そうでしたか。よろしゅうございましたね」
「カルメリタ。そなた本当にそう思っているのか?」
「ええ。カミュスヤーナ様は、ちゃんと貴方様の相手を務めたではありませんか。その間に、貴方様は番候補を見つけ、この地に留まってくださることになった。綺麗にまとまりましたね」
「……だが、もう少し楽しめるかと思っていた。あまりにも早い」
「それは、貴方様の存じ上げない何かを、カミュスヤーナ様がお持ちだったということでは?」
そこまで言って、カルメリタは頤に手を当てて、軽く首を傾げた。
「ですが、カミュスヤーナ様はこれで終わりにして下さるのでしょうか?」
「どういうことだ?」
「ディートヘルム様は、カミュスヤーナ様が大切にされている奥方様に手を出されたのですから、何か報復があってもおかしくないのでは?」
「……報復」
カルメリタの言葉に、珍しくディートヘルムの顔が曇った。
「どちらにせよ、私は番候補に会うために、人間の住む地に赴かなくてはならない。カミュスヤーナとテラスティーネにも会うだろう。その時に何かあれば、甘んじて受けよう」
「そこは抵抗なさらないのですか?珍しい」
「……正直やり過ぎたと思わなくもない」
ディートヘルムがぽつりと呟いた言葉に、カルメリタは笑みを浮かべて言った。
「繋がりを断ちたくないのであれば、誠意を見せなくては」
「……誠意。そのようなもの持ち合わせていないが、善処しよう」
苦々しい表情で言葉を紡ぐディートヘルムを見ながら、カルメリタは軽く腕を開き、相手に向かって、姿勢を低くする。まるで、主の言葉に従ずると言わんばかりの態度だが、カルメリタとしてはそれが自然なことでもある。
「話は変わりますが、既に番の方のための衣装や部屋の準備は整っております」
「さようか。本人がただこちらに来ればいいという話でもなくなった。本人の意思は確認しているが、いつこちらに来られるかはまだ定まっていない」
「かまいません。特に儀式などはされないのですよね?」
「しない」
カルメリタは、ディートヘルムの顔を見つめて、軽く息を吐いた。
「何だ?」
「いえ、本当に人間を番としてもいいのですか?」
「何が言いたい」
「人間は、魔人と違い、歳も取りますし、寿命も短い。ディートヘルム様とは直ぐに別れることになります。それに、魔人の住む地で生活していくことができますでしょうか?」
「それは……」
ディートヘルムが考え込むように口ごもる。瞳に不安と逡巡の色が滲み出た。カルメリタはディートヘルムのその表情を見て、軽く唇を噛んだ後、ディートヘルムに対してこう提案した。
「カミュスヤーナ様に相談されてはいかがでしょう?」
「は?何故に?」
「カミュスヤーナ様の奥方であるテラスティーネ様は、確か魔人ではなかったはずです。何か、助言をいただけるのではないでしょうか?」
「助言を乞えるとは思えんが……」
「私達よりは、より人間についても詳しいでしょう?人間の住む地でも、暮らしているようですし」
カルメリタの提案に、ディートヘルムは苦々しい表情を浮かべ、分かった。と答える。カルメリタは主の様子を窺いながら、分からないように深く息を吐いた。
第26話に続く