【小説】恋愛なんてよく分からない(仮) 第24話 混乱
第24話 混乱
寝台の上で向かいあって、試験管に入った赤い液体を飲み干したテラスティーネが、ふっと意識を失ってから、カミュスヤーナは彼女の目覚めを、固唾を呑んで待っていた。
赤い液体は、状態異常回復の薬。あちこちを巡り集めてきた素材を用い、院の薬学研究室の調合室で、何とか作り上げたものだった。それほど量はできなかったが、素材はまだ残っているから、何かあった場合は再度薬を調合することは可能だ。薬の作成方法は、別途記載して残してある。
とはいえ、この薬が効かないと意味がない。テラスティーネが目覚め、以前の状態を取り戻さないことには、話にならない。
テラスティーネが意識を失ってからどのくらいの時が経ったか。
彼女の長いまつ毛が揺れ、瞼が開く。
「テラ」
「カミュスヤーナ」
テラスティーネは、カミュスヤーナの顔を見ると、その顔を歪めた。カミュスヤーナが、彼女の反応がおかしいと、手を伸ばすと、テラスティーネはその手を掴んだ。その力の強さに、カミュスヤーナは唇を噛み締める。その爪が手に食い込んで、血が滴ってくるほどだった。
「テラ。何をする」
「永遠に私の側にいてくださいませ」
彼女は眼のふちから涙を溢れさせながら、口の端を上げた。カミュスヤーナの片手をがっちりと掴んでいて振り払うことができない。そして、もう片方の手を振り上げる。
細剣を出すのと同じ方法で出現させたのか、振り上げた手には短剣を持っていて、それを躊躇うことなく、カミュスヤーナの胸に向かって振り下ろした。
カミュスヤーナは、自分の胸に向かって振り下ろされたテラスティーネの手首を掴む。
「テラスティーネ。私を害する必要はない。君が嫌だというまで、私は君の側にいる」
「私が貴方を害し、そしてその後を追えば、永遠に私達は共にいられると、教えてくださったのは、貴方です」
そのようなことをカミュスヤーナは言った覚えがない。
彼女の様子を見るに、元々かかっていた魅了と思われる術は無事解けているらしい。だが、まだ何かしらの術を受けている様子がある。
何をした。ディートヘルム。
カミュスヤーナはテラスティーネの手首を掴んだまま、軽く唇を噛みしめた。
彼女の手首を掴む手を緩めて、彼女の望み通り、命をくれてやることは容易い。だが、正気に戻った時に、彼女は自分の手で私を害したことを悔やむだろう。下手をすれば、後を追って自害しかねない。
薬の量が少なくて、魅了の効果しか打ち消せなかったのだと、カミュスヤーナは考えた。テラスティーネが何かしら状態異常の術を受けた状態であるのなら、追加で薬を与えるしかない。
カミュスヤーナは、テラスティーネの手首を掴んだ手に力を込めた。テラスティーネの顔が歪む。手に持っていた短剣が、痛みから持っていられなくなって、寝台の外に落下した。
「離してください!」
「断る。私は君を救いたい」
「私は……弱いから、今のままでは貴方の側にはいられないのです」
「君は弱くなどない」
「いいえ。私は貴方の力になれないのです。弱いから必要のない人間なのです。私を置いていかないでください。カミュスヤーナ。私は貴方がいないと生きていけない!」
彼女が流す涙は、手首の痛みから来るものなのか、それとも、カミュスヤーナと別れることを厭うているからなのか。少なくとも、彼女はカミュスヤーナに対して、助けを求めていた。
「テラスティーネ。君がいないと生きていけないのは、私も同じだ」
「であれば」
「だから、私は君と共に生きていきたい。君は自分で思っているより強い。私は君が側にいることで救われている。だから、私の方こそ、君の力になりたい」
「……」
「君を置いていくことなどない。先ほども言ったように君が嫌と言わない限りは、側にいる」
「私は助けられてばかりで、貴方に迷惑ばかりかけているのです」
「それを言うなら、私の方がこの生まれと立場のせいで、君に迷惑をかけている」
「私は貴方の側にいたいだけなのです」
「同意する。私も君の側にいたい」
「私を助けようとして、貴方に危険な目に合ってほしくはないのです。貴方を失うのが怖い」
「私が側にいるせいで、君を危険な目に合わせている。私も君を失いたくない」
「私達は同じことを考えているのですか」
「私達は同じことを考えている」
「……」
「もう一度薬を飲んでくれないか。テラスティーネ」
テラスティーネの身体から力が抜ける。カミュスヤーナは彼女の様子を見てとると、手首を掴んでいた手を外し、赤くなり血が滲んだ箇所を掌でさすった。
カミュスヤーナは、寝台の脇にある卓の上にある試験管を手に取る。目の前にいるテラスティーネの頤に手を当て、顔を仰向かせた後、試験管の中の赤い液体を口に含み、魔力と共に、合わせた唇から彼女の中に流し込んだ。
第25話に続く