【短編】冬桜が見せた幻
私の中で、一番印象に残っているのは、春に咲き誇る満開の桜でも、その後散りゆく桜でもない。
それは、冬に咲く桜。
冬桜とも、寒桜とも呼ばれる。
自宅のある県にも、冬桜で有名なスポットがあり、私はその時の彼氏と2人で車を走らせて見に行った。
冬桜が咲く時期になると、夜はライトアップもされる。私達が現地に到着した時には、既に夜だった。もちろんそのライトアップを狙ったのだ。
冬桜は、ライトアップされた中、それは美しく咲き誇っていた。
吐く息が白く、頬に当たる冷たい凛とした空気がなければ、これは春かもと見紛うほどに。
しばらく歩いている内に、私は一緒に来ていた彼と、見事にはぐれてしまった。
同じように、冬桜を見に来ている人は多かった。でも、公園の中で、順路も決まっている。
この多くの人々と共に、順路に従って歩いて行けば、きっと彼には会えるだろう。
そう思って、私は冬桜を見ながら、足を進める。突然、自分の右側が重くなった。目をやると、自分の右腰辺りに、小学校に上がる前くらいの子どもが縋っていた。
その子は、私の顔を見上げると、涙をボロボロと零しながら、ママと言った。
もちろん、私の子ではない。私はまだ結婚もしていなかった。
多分、迷子だろう。
私は、子どもの頭を撫でると、その場に身を屈めて、目線を子どもと同じにした。
「ママとはぐれたの?」
子どもはコクンと頷いた。
肌がとても白く、男の子にも、女の子にも見える容姿だった。まつ毛が長くて羨ましい。
「お名前は?おねえさんはサクラって言うの。」
「ユウちゃん。」
名前からでも、男の子か女の子か判別できない。着ている服も、どちらの性別が着ていてもおかしくない気がする。
性別がどちらでもいいか。
確か、公園の入り口辺りに、出店や休憩所が集まっていたはず。入り口イコール出口だ。
このまま一緒に順路を進んで、休憩所に迷子の申し出をしたほうが良さそうだ。
「じゃあ、おねえさんと一緒に、ママを探しに行こうか?」
ユウちゃんに、自分のハンカチを渡して、言った。
ユウちゃんは、渡したハンカチを持ちながら、コクンと頷く。
「お顔をこのハンカチで拭いてね。涙に風が当たると冷たいでしょう?」
ユウちゃんは、ハンカチで言われた通りに、顔をゴシゴシとこすった。
使ったハンカチを受け取ると、私はユウちゃんの手を取る。
冬桜が咲く中を、2人で歩いていく。歩くのはかなりゆっくりで、身をかがめないといけないが、仕方がない。
「今日は、ママとここに来たの?」
「ママとパパときた。」
「お花綺麗だね。」
「うん。すごくきれい。」
ユウちゃんは、私を見上げて笑う。繋いだ手が手袋ごしなのに、とても温かく感じた。
しばらく歩くと休憩所の明かりが見えてきた。休憩所にはストーブも置かれていて、とても暖かい。
私は案内の人に迷子がいる旨伝えると、休憩所の奥に迷子が待つ部屋があると言う。やっぱり、これだけの人だと、迷子も多いのだろうと思う。
私は、ユウちゃんを連れて、その部屋に続く扉を開けた。中には、数人の子どもが、絵本を読んだり、おもちゃで遊んだりしている。
「ユウちゃん。ここでママとパパを待っていれば、迎えに来てくれるよ。」
この休憩所は公園の入り口出口兼任の大門から、近い。子どもがはぐれたことが分かれば、すぐに迎えに来てくれるだろう。
「サクラおねえちゃん。ありがとう。」
身をかがめると、ユウちゃんがギュッと抱き着いてきてくれた。子ども特有の体の柔らかさとぬくもりを感じる。手を振って、笑顔でお別れをした。
休憩所を出ると、目の前に彼氏が心配そうな面持ちで立っていた。
そうだ。私も迷子だったっけ。
「ごめんね。心配かけて。」
最後まで言い終わらない内に、彼にぎゅっと抱きしめられた。
「どうしたの?」
「サクラがいなくなったから心配で。」
「公園の中だよ?どちらにしても、この辺りで会えるでしょ?」
「・・前にもここに来たことがあるんだ。家族で。」
彼は、私を抱きしめる腕を緩めないまま、耳元で話を続ける。
「まだ、小さい時で、僕は両親とはぐれた。その時は、本当に何もわからなくて、近くにいた人に助けを求めた。その人は僕を慰めて休憩所まで連れてきてくれた。」
「・・・。」
「サクラとはぐれた時に、そのことを思い出したら、急に不安になって。」
私は、彼のぬくもりを感じながら、その話を黙って聞いていた。
「ユウト。冬桜ちゃんと見れた?」
「サクラとはぐれてからは、それどころじゃなかった。」
「じゃあ、もう一回回ろうよ。で、今度は。」
私は彼の腕の中から抜け出して、彼の手を取った。
「こうやって、手を繋いでいこう。はぐれないように。」
彼は、繋いだ手と私の顔を交互に見つめると、笑って、そうだね。と言った。
その笑顔は、先ほどのユウちゃんにそっくりだった。
終