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【小説】恋愛なんてよく分からない(仮) 第21話 雷蝶の鱗粉

第21話 雷蝶の鱗粉

雷蝶の鱗粉は天仕てんしの住む地でしか収集できない。

第13話 薬の素材

アルフォンスは、自分の頬に流れる汗を、手の甲で強引に拭った。これほど汗をかくのは、もう何年ぶりのことか。足場がとにかく悪い。道と呼べるものはなく、ゴロゴロとした岩場が広がっている。ここに来るまでに急斜面を登って来ている。身体強化をしているとはいえ、それでも疲労は蓄積される。

翼を出して飛んでくることも考えたが、他の天仕てんしに見つかることは避けたかった。雷蝶らいちょうが生息する地域は、人が住むのに適しておらず、天仕はいないが、純血統種じゅんけっとうしゅである天仕の兵士が巡回していることがある。他人種の血が混じっている「はぐれ」と呼ばれる天仕のアルフォンスは、純血統種に狩られる対象であった。本来であれば、この地に長居もしたくない。

足を運ぶ先に、人が住む小屋のような形状のものが見える。アルフォンスはそれを目にすると、姿勢をかがめて、歩みの速度を落とし、そこから離れたところで腰を下ろした。たぶん相手は眠っているだろうとは思われたが、刺激を与え目を覚ますのは避けたい。

小屋に見えた三角の形状のものが、ゆらっと動く。表面には白と黒の細かい模様が施され、周囲の景色に溶け込むよう、保護色となっている。それは、巨大な蝶の羽だった。羽の大きさだけで、アルフォンスの背丈の3倍程度はある。よくあの大きさの羽を支えることができるものだ。

雷蝶はここ天仕の住む地に生息する蝶で、名のごとく、雷を食す。雷雲立ち込める日以外は、基本寝て過ごしているが、自己を攻撃する者に対しては、自分が保有する雷で攻撃をする。巨大なため、その攻撃範囲が広く、一度でも直撃すれば、死に至るだろう。それが分かっていたから、わざわざ天気のいい日を狙って、この場に来たのだ。

鱗粉りんぷんを手に入れるには、その羽に触れなくてはならないが、その行為を攻撃とみなされ、雷を落とされるのは困る。素材を採取するのに、命をかける気はない。どう採取しようかと考えていると、成体の隣にさなぎが転がっているのが見て取れる。しかも、その蛹の表面には既に大きな亀裂きれつが入り、中身が空になっていた。その周囲にキラキラと光る紙のようなものが散らばっていた。

どうやら、つい最近その場で雷蝶が羽化うかしたらしい。中身が空だから、もしかすると今眠っている成体が羽化したのかもしれない。その周囲に散らばっている紙が、鱗粉だ。羽化後に体を震わせて飛び立つが、その際に周囲に鱗粉を撒き散らす。通常の蝶の鱗粉は粉のようなものだが、雷蝶の大きさになると、紙ほどの大きさになるのだろう。この紙を拾って帰ればよい。

アルフォンスは、念のため抜刀ばっとうし、剣を脇に構えた状態で、眠っている雷蝶に近づく。できるだけ音を立てないよう気を付けて、脇に散らばった紙のようなものを拾い上げた。黒と白で、光に透かすとキラキラと輝く。半透明で、紙のように四角くなく、どちらかというと、涙形で薄い。この大きさであれば、5枚もあれば十分だろう。カミュスヤーナに渡すのとは別で、自分用にも保有しておきたい。

鱗粉の採取に気を取られ、成体への意識が希薄になる。背後から風を切る音とともに、何かがアルフォンス目がけて飛び掛かる。とっさに体勢を変えてそれを避ける。視線を向けると、巨大な棒のようで、先が鋭く尖っている。棒の先を視線で辿って、アルフォンスはその正体を知り、身を震わせた。

雷蝶よりはやや小ぶりながら、それでも巨大な蜘蛛くもだった。雷蝶を捉えようと這い出てきたのだろう。ただ、それは今回うまくいかないようだ。アルフォンスとの騒ぎで、雷蝶が目を覚まし、その体に青い光をまとわせるのが分かった。アルフォンスは鱗粉を抱えて、雷蝶らに背を向けると同時に、羽を出現させて、その場から飛び立つ。

雷蝶を中心とした範囲一帯に、雷柱が上がった。アルフォンスが息を整えながら、視線を落とすと、雷蝶の近くで、黒焦げになって息絶えた蜘蛛の姿があった。気づくのが遅かったら、自分がそのようになっていただろう。アルフォンスは大きく息を吐くと、腰に下げた魔道具の保管袋に、手に入れた鱗粉を閉まった。

第22話に続く

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