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【小説】純血統種に報復を 第5話 歪んだ天仕の理

第5話 ゆがんだ天仕てんしことわり

セラフィーナにとって、唯一のいこいの場所である図書館に足を踏み入れた。
もちろん、一般公開の時間ではないから、人は誰もいない。
そう分かっているのに、セラフィーナはある一角を目指して足を進める。
目指した一角には、見覚えのある水色の頭とプラチナブロンドの頭が見える。セラフィーナはそれを見とめて、思わず口角が上がるのを覚えた。

「セラフィーナ姫様」
「また、お目にかかれて嬉しいです」
2人は、セラフィーナに向かってその場にひざまずいて礼を取った。
「今日も調べものかい?」
「ええ、この間のお言葉に甘えて、一般公開の時間は過ぎておりますが、許可を得て滞在させていただいております」

たまに王宮で仕事をしている文官や、医師、薬師くすしなどが、一般公開以外の時間に調べもののため、図書館に滞在したいと、許可を求めてくることがある。それらの求めは大抵受理されるのだが、まだ学生の身分で、ここを使う者はそうはいない。

「熱心だね。何か手伝えることがあれば、手伝うけど」
「いえ、図書館を利用させていただくだけでもありがたいですし、姫様のお手をわずらわせるわけにはまいりません」
2人が遠慮するように言うのに、セラフィーナは不満げに頬を膨らませてみせた。

「私は、時間を持て余しているのだよ。だから、申し出ただけ。何の負担にもならないよ」
「では、今調べていることの参考になるかもしれないので、お話を聞かせていただいてもよろしいですか?」
「構わないよ」

セラフィーナは彼らと、図書館に設置されている円卓に向かった。
図書館内だから、飲食はできない。セラフィーナたちは円卓の側に設置されている椅子に座る。

「姫様は、『はぐれ』はご存知でしょうか?」
「知っている。純血統種じゅんけっとうしゅではない天仕てんしのことだろう?」
「そうです。実は私たちが調べているのは、その『はぐれ』についてなのです」

「なぜ?君たち純血統種が、『はぐれ』に興味を持つのだ?」
セラフィーナの言葉に、彼らは視線を交わし合う。答えを発したのは、兄のオクタヴィアンだった。
「今、天仕内で純血統種の数が減っているからです」

それは知っている。どんなに天仕以外の血を排除しようとしても、どうしても他種族の血が入ってきてしまうのだ。特にこの地から行き来がしやすい人間の住む地に行って、そこで家族を持つ天仕が増えている。きっと、天仕は人間よりも魔力があるから、人間の住む地でそれなりに好待遇を受けられるのが、分かってきてしまったからだろう。

また、天仕の羽を身体に収めてしまうと、一見人間と見た目が変わらないこと。そして、天仕の力を行使しなければ、天仕であるということが露見ろけんしないことも、「はぐれ」を増加させる要因となっている。

「『はぐれ』になる者が多いと、近い将来、純血統種がいなくなり、この天仕の住む地自体が瓦解がかいします」
「ですから、『はぐれ』を純血統種にできないかと、私たちは調べているのです」
「『はぐれ』を純血統種にする?」

セラフィーナは2人の顔を見比べる。2人はその瞳に真剣な色をたたえて、こちらを見つめている。嘘を言っているわけでも、冗談を言っているわけでもなさそうだ。

「それは、何を意味している?」
「だから、『はぐれ』がいることを普通であるという世にするのです」
「そのようなことは可能なのか?」
「わかりません。そのために、私たちはまず『はぐれ』という存在について、調べているのです。彼らが生まれた経緯、そして、今この地でどのような目にあっているのかを」
オクタヴィアンは、その赤い瞳で、セラフィーナを見つめた。

「姫様は、『はぐれ』が今この地でどのような目にあっているか、ご存知ですか?」
「いや、私はこの王宮の外に出たことはないから、知らない」
「ここから出たことはなくとも、その内容は本にも記述されていますよ?」
私がこの間複製させていただいた本にも載っていました。とオクタヴィアンは言葉を続けた。

「……」
「あまり興味はございませんか?」
「……」
「狩られて、貴方のお父様である王に献上けんじょうされているのですよ?」
「お兄様。態度が不敬ふけいですよ」
オクタヴィアンから立て続けに問いかけられて、返事ができないでいるセラフィーナを見て、エルネスティーネが口を挟んだ。

「これは、失礼いたしました」
オクタヴィアンは、エルネスティーネの言葉を受けて不敬を詫びる。しかし、心から詫びているわけではないのだろう。その赤い瞳は、セラフィーナの様子を検分するかのようにひたと見据えられている。
「……私は、『はぐれ』を狩っても意味はないと思っている」
「ほう?それを貴方の父や兄に進言したことはございますか?」

「私は、父や兄には、放っておかれている。同じ王宮内にはいるが、ほぼ会話もない」
「献上された後の『はぐれ』を、王がどうしているのかもご存知ないですか?」
「知らない」

そうですか。とオクタヴィアンは、冷めた目でセラフィーナを見た。きっと、王族なのに、情けないと思っているのかもしれない。

セラフィーナは、純血統種が重んじられている、この天仕の住む地のことわりは、おかしいと感じていた。
この地から他の地に行くのに、何も制限をかけていないにもかかわらず、他種族の血が混ざらないわけがない。「はぐれ」が増える土壌はあるのに、実際に「はぐれ」が現れたら、それを排除するなど、天仕の数が減っていくばかりというオクタヴィアンの意見には、納得できるものがあった。

「それに狩られなくても、純血統種に迫害はくがいを受けているのですよ。『はぐれ』は」
「それは……」
「もちろんすべての純血統種ではないです。私たちもしたことはありません。ですが、どんどん増えていく『はぐれ』、減っていく純血統種。その内、数で逆転するかもしれません。そして、数の多さで反撃に出られたらどうするつもりなのでしょう?」
「……」
「見て見ぬふりをしていた王族も、それらの純血統種と同罪になりますよ」
「私は……どうすればいい?」

セラフィーナが絞り出した言葉を聞いて、オクタヴィアンはその赤い瞳を瞬かせた。
「姫様はどうなされたいのでしょう?」
「私は、この血統を重んじる天仕の理を壊したい」
セラフィーナの言葉に、2人はそれぞれ目を見開いた。
「私たちと同じ考えということでよろしいのでしょうか?」
「そう取ってもらって構わない」
「少し、考える時間をいただけますか?姫様」

セラフィーナがオクタヴィアンの顔を見ると、彼は初めてその顔に笑みを載せた。
「姫様の考えをお聞きすることができて、本日は良い時間を頂きました。今日はこれで失礼します。エル。行くよ」
「は、はい。お兄様」
2人は椅子から立ち上がって、こちらに礼を取ると、入口の方に歩いていく。

セラフィーナは彼らを見送りながら、自分と彼らのやり取りを頭の中で反芻はんすうした。

第6話に続く

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説那(せつな)
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