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【小説】ブレインパートナー 第2話

翌朝、目を覚ましても、俺の中から『明音あかね』の存在は消えていなかった。寝る直前に伸ばした手を握りしめる。

彼女が欲しいと呟いたら、なぜかブレインパートナーなるものと付き合うことになってしまった。どちらかというと、俺が欲しかったのは、他人の温もりだったのに、明音の言葉を真に受ければ、彼女がそれを手に入れるには、深く関わって、彼女が成長し、実体を持つのを待たなくてはならない。

本当に、実体化する事なんて、可能なのか?

いくら考えても、その答えは出ないだろう。

俺は、彼女のことを頭から追い出して、仕事に行く準備を始める。明音に呼び掛けて、彼女がいるのが確かなのか、そして、いろいろなことを質問したいのは山々だったが、俺にだって仕事はあるし、生活もある。

明音にいろいろ尋ねるのは、仕事から帰ってからか、休みの時にしておくべきだろう。実際の恋人だって、一緒に仕事したりはしないだろうし。同僚とかならあり得るかもしれないけど。

俺は、鏡に向かって、深い深いため息をついた。


『ブレインパートナー』
『脳内恋人』

どちらのキーワードで、アプリストアやネット検索しても、何もヒットしなかった。その辺りに詳しそうな知り合いに、都市伝説的な扱いで話してみても、皆、一様に首を傾げる。

そうだろうな。自分だって、実際に明音に会わなければ、そんなの夢物語だと思うだろう。今だって、そう思わなくもない。
でも、家で夕飯を食べた後、明音の名を呼んだら、何となく弾んだ彼女の声が答えた。

「やっと、呼んでくれた。遅いよ。」
「・・まとまった時間がなかったんだ。」
「隙間時間でも、私はちゃんと応えるけど。」
「ちゃんと、明音と時間をかけて話したいから。」

そう言ったら、彼女の機嫌のよさそうな笑い声が響く。

一夜いちやは優しいね。」
「・・恋人と長い時間話したいというのは、当然の心理では?」
「そうだね。今日は一日どうだった?」
「強いて言うこともないけど、いつも通りの一日だった。」
「それじゃあ、私には分からない。」
「う~ん。朝、駅のホームで、ブラックコーヒー買ったら、なぜか普通の缶コーヒーが出てきた。」

「それは災難だったね。」と彼女が同情してくれる。俺はテーブルの上にあるさきいかを口にした。その後、発泡酒を口にする。
彼女との会話はなんてことないものだけれど、それなりに楽しい。特に彼女の声を聞いていると、心が落ち着く気がする。問題は、視線をどこに向けていいか迷うところだ。

「別に声に出さなくても、私とは会話できるのに。」
「明音の声が聞きたいから。」
「外でやったら、変人扱いだよ?」
「家の中だけ。それに、外で明音に呼び掛けるつもりはない。」
「どうして?」
「・・なぁ、ブレインパートナーって、どこが製作してるの?」

質問に質問で返すと、彼女の言葉がしばらく返ってこなかった。俺は、彼女に向かって呼び掛ける。声が聞こえないと、彼女がどうしてるのか全くもって分からない。

「明音。」
「知らない。」
「え?」
「一夜とのやり取りで、必要と思われるデータは吸い上げられてるみたいだけど、私がどうやって作られたのかとか、アプリの提供方法とか、製作元の会社の名前とか、そういうことは知らされてないから分からない。」

恋人とのやり取りを見られて、皆、警戒はしないのだろうか?こんな状態で本当に俺は彼女のことを好きになれるのか?
でも、俺が彼女のことを好きになれなかったら。
明音は消えてしまう。

「何も、気にしなくていいよ。」
「・・。」

自分の考えが読まれたのかと思って、俺は口を閉ざす。そんなことはないと彼女は言っていたが、どこまでが真実か、俺に確認する術はない。

「一夜は好きな時に私に呼び掛けて、仕事の愚痴なり、趣味の話なり、いろいろなことを私に話してくれればいいんだから。」
「それは・・そうなんだけど。」
「まだ、姿はないけど、私は一夜の恋人なんだから。」
「・・。」

彼女の姿が見えるようになったら、自分の気持ちもやはり変わるのだろうか。煽った最後の一口はひどく苦く感じた。

第3話につづく

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説那(せつな)
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