【小説】ブレインパートナー 第6話
目の前で、ビールを飲みながら、楽しそうな顔をこちらに向けた同期の天沼が、ネクタイを緩めながら、自分に向かって人さし指を向ける。
「お前、このところ変わったよな?」
「何、突然。もう酔ってるのか?」
「何て言うか、前は無表情なところがあって、何考えてるか分かんなかったけど、今は表情豊かになったよな。」
「何だよ、それ。意味分かんねぇ。」
かなり相手に失礼なことを口走っているのだが、分かっているんだろうか?たぶん、分かってないだろう。きっと、明日になったら今日話したことも忘れてんだろうな。と思いながら、俺もビールのジョッキを煽る。
外で飲むのは久しぶりだ。
仕事が終わると、早々に家に帰ってしまうし。毎晩、家で明音と話しながら飲んでいたから、天沼と飲むのも何か月ぶりくらいの話になる。
「彼女でもできたのか?」
「何で、そんなこと聞くんだ?」
「いや、このところ、仕事が終わるとどこにも寄らずに帰ってるらしいじゃん。」
「・・誰から聞いた?」
天沼はニヤニヤと笑って、俺の質問に答えない。まぁ、何となく想像はつく。天沼は俺と違って人当たりはいい。営業は彼に合ってるといつも思っている。技術職でパソコンとにらめっこしている俺とは違う。
「で、どんな子?どこで知り合った?」
「いや・・まぁ。アプリ経由で。」
「まじか。冴島もアプリ使ったりするんだな。そっか。じゃあ、あいつには悪いことしたな。」
「あいつって?」
俺たちのテーブルの隣で足を止めた人物が2人。店員かと思って顔をあげたら、前に立っていた女性が、天沼に向かって手を振った。
「遅れてごめんね。」
「えっと、誰?」
「従兄妹の杏美と。」
「明音!」
俺は天沼が紹介する前に、その女性の後ろに隠れるようにして立っていた人物に向かって、声をあげた。相手はその瞳を丸くする。
「あれ?冴島、明音ちゃんに会ったことあるの?もしかして、知り合い?」
天沼が俺に向かって問いかける。でも、それに向かって口を開く前に、女性の方が目の前で手を振った。
「私は初対面だと思います。」
その声を聞いて、彼女は明音ではないと理解したが、俺は彼女から視線を逸らすことができなかった。確かに彼女は、俺の彼女である明音が実体化した姿そのままだったが、声が違う。そして、葉山の言葉を鵜吞みにすれば、彼女の名も明音なのだろう。でも、彼女は俺のことを全く知らない。わざとそう装っている様子もない。同じ姿で同じ名前だけど、あの明音ではない。
「あ・・あまりに似た人がいて、間違えた。」
「名前まで一緒なのか?」
「・・そう。」
「そんな偶然ってあるんですね。」
何となく誤魔化せたような気もする。かなり無理はあるが。
杏美さんが天沼の隣に、そして、明音さんが俺の隣に腰かけた。
「久々に飲みたいって言うから、声かけてみたわけ。」
「いい人いたら、紹介してってお願いしておいたの。」
「あぁ、ごめん。冴島、彼女やっぱいるんだって。」
「えぇ、それは残念。」
杏美さんは、そう言いつつも、全く残念そうではない。2人の間のお決まりのやり取りなんだろう。そのやり取りを見つつも、自分は隣に座っている明音さんのことが気になって仕方がない。あの明音ではないとはいえ、姿形そっくりな女性が自分の隣に座っているのだから。
つまり、明音が言っていたその内実体化するというのは、やはり嘘だったのか。
ここに、同じ姿形の明音さんがいるのだから、同じ人が2人になってしまったら、それこそ大混乱だ。
その事実に、自分は思った以上に落胆していた。俺は明音が本当の彼女になると、心の奥では信じていたのかもしれない。
「あの・・元気ないですけど、大丈夫ですか?」
俺の様子を見て、明音さんが心配そうに声をかけてきた。
「あぁ、問題ないよ。」
「・・ひょっとして、私に似てるのって、彼女さんだったりします?」
彼女の言葉に、俺は何も返せず、逆に相手の顔を凝視してしまう。俺に見つめられたせいか、彼女の顔がほんのり赤くなったような気もする。
「すみません。そんなことないですよね?」
「・・何でそう思ったの?」
「私に向ける視線が優しいように思えたので。」
「・・それは気のせいだと思う。」
そう答えながら、俺は無性に「明音」に会いたくなった。今すぐにでも家に帰って、彼女に今日のことを話し、「今までのことは全て幻だったのか」と問いたい。彼女は何と答えるだろうか。俺たちは別れることになるのだろうか。
「冴島さん。もしよかったら、場所を変えて、お茶でもしませんか?」
「え、でも、天沼と杏美さんは?」
「適当に2人で他の店に行って飲み直しますよ。それなりに長い付き合いの2人なので。」
「・・2人はそういう仲なの?」
「元々飲み仲間なんです。2人ともお酒強いですよ。ついていけません。」
天沼と杏美さんに目をやると、更にお酒を追加して楽しそうに話している。それに比べ、隣の明音さんは、ビールをちびちびと飲んでいるだけだ。あまり、酒には強くないのかもしれない。
「でも。」
気分の浮き沈みが激しくて、そのおかげで普段より酔いが早い。正直、自分が無事家に帰れるのか、彼女を無事家に送り届けられるのかも心配になってきた。
「大丈夫です。・・私に似ているという彼女さんの話聞かせてください。興味あります。」
明音さんは、自分の腕に手をかけて軽く引く。
久しぶりに感じる、他の人の温もりだった。
自分の気持ちは、その温かさに大きく揺らいだ。
第7話につづく