膝枕外伝 膝十夜「第二夜」
まえがき
こちらは、脚本家・今井雅子先生の短編小説「膝枕」の2次創作です。夏目漱石の『夢十夜』に膝入れしました。
第二夜はほぼ男のモノローグです。人物は他に和尚がいます。
今井先生のエピローグ
それからの膝枕(twitterの画像をご覧ください)
二次創作まとめ、YouTube、Googleカレンダーなど
膝枕外伝 膝十夜(原作:夏目漱石、膝入れ:やまねたけし)
第二夜
こんな夢を見た。
和尚の部屋を退がって、廊下伝いに自分の部屋へ帰ると配信中のスマートフォンの画面がぼんやり灯っている。片膝を座蒲団の上に突いて、スマホに手を伸ばしたとき、曼荼羅のライトカバーがぱたりと朱塗の台に落ちた。同時に部屋がぱっと明るくなった。
襖の画は御線鰐の筆である。オヤジのあぐら膝枕のすね毛を濃く薄く、ワイルドにかいて、寒そうな膝枕売が笠を傾むけて土手の上を通る。床にはレース中のMontjeuの軸が懸かっている。裾がレースになっている白のスカートを洗った柔軟剤の残り香が暗い方でいまだに臭っている。広い寺だから森閑として、人気がない。黒い天井に差す箱入り娘膝枕の丸い影が、仰向く途端に生きてるように見えた。
立膝をしたまま、左の手で座布団をまくって、右を差し込んで見ると、思った所に、ちゃんとあった。あれば安心だから、布団をもとのごとく直して、その上にどっかり座った。
お前は膝枕男である。膝枕男なら箱入り娘膝枕と一体化せぬはずはなかろうと和尚が言った。そういつまでも一体化せぬところをもって見ると、お前は膝枕男ではあるまいと言った。ただの浮気者じゃと言った。ははあ怒ったなと言って笑った。くやしければこぶとりじいさんになって来いと言ってぷいと向こうをむいた。けしからん。
スマホが次のアラームを鳴らすまでには、きっと一体化して見せる。一体化した上で、今夜また入室する。そうして和尚のクビと一体化と引替にしてやる。一体化しなければ、和尚を辞めさせられない。どうしても一体化せねばならない。自分は動画配信で有名になった膝枕男である。
もし一体化できなければ引退する。男が辱められて、配信を続ける訳には行かない。綺麗にやめてしまう。
こう考えた時、自分の手はまた思わず布団の下へ入った。そうしておんぶ紐を引きずり出した。ぐっと束を握って、赤い結束バンドを向へ払ったら、太い紐がピアノ線のように光って見えた。凄いものが手元から、すうすうと逃げて行くように思われる。そうして、ことごとく指先へ集まって、殺気を一点に籠めている。自分はいっそ、このおんぶ紐で箱入り娘膝枕を自分の頭に括り付けてしまうことができたならばどんなに楽なことかと思った。身体からだの血が右の手首の方へ流れて来て、握っている束がにちゃにちゃする。唇が震えた。
紐をまとめて右脇へ引きつけておいて、それから箱入り娘に頭を預けた。――漆耽曰く合と。合とは何だ。糞坊主めとはがみをした。
奥歯を強く咬み締めたので、鼻から熱い息が荒く出る。こめかみが釣って痛い。眼は普通の倍も大きく開けてやった。
懸物が見える。灯りが見える。畳が見える。和尚の薬缶頭がありありと見える。鰐口を開いて嘲笑った声まで聞こえる。けしからん坊主だ。どうしてもあの薬缶をクビにしなくてはならん。一体化してやる。合だ、合だと舌の根で念じた。合だと言うのにやっぱりスカートの擦れる音がした。何だスカートのくせに。
自分はいきなり拳骨を固めて自分の頭をいやというほど殴った。そうして奥歯をぎりぎりと噛んだ。両腋から汗が出る。背中が棒のようになった。膝の接目が急に痛くなった。箱入り娘の痛みが伝わってくるようだ。苦しい。一体化はなかなか出来ない。出来ると思うとすぐ痛くなる。腹が立つ。無念になる。非常にくやしくなる。涙がほろほろ出る。ひと思いに身を大岩の上にぶつけて、骨も肉もめちゃめちゃに砕いてしまいたくなる。
それでも我慢してじっと寝ていた。堪えがたいほど切ないものを胸に盛りいれて忍んでいた。その切ないものが身体中の筋肉を下から持上げて、毛穴から外へ吹き出よう吹き出ようと焦るけれども、どこも一面に塞がって、まるで出口がないような残酷極まる状態であった。
そのうちに頭が変になった。ライトも御線鰐の画も、畳も、違棚も合ってないような、膝か枕のように見えた。と言って一体化はちっとも実現しない。ただいいかげんに寝ていたようである。ところへこつぜんスマホのアラームが鳴り始めた。
はっと思った。右の手をスマホに伸ばした。アラームが二つ目を鳴らした。
あとがき
今回参考にさせていただいた作品です。
履歴
2022年11月14日 第二夜公開。
2022年11月22日 中原敦子さん(膝番号68)に膝開きいただきました! ありがとうございました!
2022年11月29日 本文を修正。縦書きpdf原稿を追加。
2022年12月8日 第二夜・第三夜を酒井孝允さん(膝番号109)の語りに山口三重子さん(膝番号129)が即興でピアノを演奏してくださいました! ありがとうございました!
2023年1月20日 「うきと朗読人達の朗読部屋」の中で川端健一さん(膝番号67)にお読みいただきました! ありがとうございました!
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