膝枕外伝 無礼男(メン)に仕返しし隊

2022年5月6日 改訂稿(書いていこう)を修正

まえがき 

こちらは、脚本家・今井雅子先生の小説「膝枕」の2次……創作です。きぃくんママさん、箱入り娘の心情を使わせていただきました。今回も台本風のpdfを最後に添付します。

今井先生のエピローグ
それからの膝枕(twitterの画像をご覧ください)

下間都代子さんによる朗読

kaedeさんによる朗読
(stand.fm)今井雅子作 膝枕

Noteに投稿されたスピンオフ
下記のマガジンをご覧ください。

Note以外に投稿されたスピンオフ
藤崎まりさん作
(stand.fm)今井雅子作・膝枕 アレンジバージョン

やがら純子さん作
落語台本「膝枕」

下間都代子さん作
ナレーターが見た膝枕〜運ぶ男編〜
(Youtube)大人の朗読リレー「膝枕は重なり合う」(朗読:下間都代子さん、景浦大輔さん)

kana kaede(楓)さん作
「単身赴任夫の膝枕」

賢太郎さん作
(stand.fm)「膝枕ップ」

松本ちえさんも「からくり膝枕」をお書きになりました。
(限定公開のようでしたので紹介に留めます)

本編

君が来たのは、休日の朝だったね。そのときは独り身で恋人もなく、打ち込める趣味もなく、その日の予定も特になかった僕は、チャイムの音で目を覚ましたんだ。

ドアを開けると、宅配便の配達員がダンボール箱を抱えて立っていた。受け取りのサインを求められた伝票には「枕」と書かれていた。

「枕」

僕は「取扱注意」のラベルが貼られた箱を両腕で受け止めると、お姫様だっこの格好で家の中へ運び込んだ。

はやる気持ちを抑え、爪でガムテープをはがした。カッターで傷をつけるようなことがあってはいけない。箱を開けると、君が正座の姿勢で納められていた。ピチピチのショートパンツから膝頭が二つ、顔を出していた。

「カタログで見た写真より色白なんだね」

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突然かけられた男の人の声に、ワタシはドキッとしました。白く上塗りされた傷跡に勘づかれたらどうしましょう。ワタシはいっそう膝を硬くし、正座した両足を微妙に内側に向けて色ムラを隠しました。

ワタシは一度膝を容れているのです。お相手は薫さん。ワタシの生みの親であり、初恋の君。

まるで牢獄の様だった保管倉庫のダンボール箱の中で、息苦しくて、堪らずもがいて、傷だらけになってしまったワタシを優しく介抱し、自分の部屋へ連れ帰ってくれた命の恩人。

ワタシは薫さんといつまでも幸せに、気ままに暮らしてたかった。

でも、膝枕カンパニーは、そんなワタシたちを引き裂きました。

膝枕に溺れ、出社せず、真面目に働かなくなった開発チームから、ワタシたちを回収して、使用跡がわからないようなリメイクを施し、発注ユーザーの元へと出荷したのです。

あなたと初めて会ったときも、恥じらっていたわけじゃないの。足をもじもじと動かして後ずさりしたのは、薫さんがワタシに教えてくれた所作。
「いいかい。一人暮らしの男の部屋に連れ込まれたとしても、簡単に膝を貸す女じゃないのと初めに相手に知らしめておくべきだよ」
ワタシの出荷先を心配して、じっと待つだけの膝にならないようにと、動きをしこまれていたからなのよ。

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「よく来てくれたね。自分の家だと思ってリラックスしてよ」

強張っていた君の膝から心なしか力が抜けたように見えた。この膝に早く身を委ねたいという衝動がこみあげるのを、僕は、ぐっと押しとどめた。強引なヤツだと思われたくなかったんだ。気まずくなっては先が思いやられる。なにせ君は箱入り娘なのだから。

「その……着るものなんだけど、女の子の服ってよくわからなくて……」

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不意にあなたは、しどろもどろにそう言ったわ。驚いたワタシは抵抗の姿勢を見せようと跳ねたの。なのにあなたはワタシが喜んでるって勘違いしたみたい。「一緒に買いに行こうか」だなんて言って。

あなたは気づかない。薫さんが選んでくれたショートパンツ。あなたは今までのワタシを知りもしないで否定するのね。

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僕たちにとっての初夜となる、その夜。僕は君に手を出さず、いや、頭を出さず、そこにいる君の気配を感じて眠った。やわらかなマシュマロに埋(うず)もれる夢を見た。

翌日、僕は旅行鞄に君を納めると、デパートのレディースフロアへ向かった。思えば、あれが最初で最後のデートだった。僕たちの邪魔をしないように、店員は寄って来なかった。

「やっぱり白のイメージかなあ。こういうの似合いそうだよね。これなんかどう?」

鞄の中で君の膝頭が弾んだ。裾がレースになっている白のスカート。帰宅すると、早速君に着せてみた。

「いいね。すごく似合ってる。可愛い……もう我慢できない!」

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いきなり、ワタシの膝に倒れ込んだあなた。もうこのマシュマロ膝は薫さんだけのものじゃないんだ。白いスカート越しに感じる岩のような頭の重みが、ワタシに否応なくのしかかってきました。レースの裾から飛び出した皮膚には、あなたの生っぽい息とヨダレ。私は商品としての立場をまざまざと思い知らされました。あとね、店員が寄って来なかったのは、あなたが怪しすぎるからに決まってるじゃないの。

あなたが留守の間に、どうにか逃げ出そうとドアの側まで膝をにじらせた。だけど、そこへいつも聞こえてくるあなたの足音。

ああ、今日も失敗。

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「ただいま」

仕事から飛んで帰り、玄関のドアを開けると、君が正座して待っていた。膝をにじらせ、出迎えに来てくれたのだ。

君の膝枕に頭を預けながら、その日あった出来事を話した。ときどき君の膝頭が小さく震えた。笑ってくれていた。

「僕の話、面白い?」

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誤解も甚だしいこと。ワタシはあなたの話なんかこれっぽっちも興味がないの。膝頭を合わせて抗議したけれど「拍手してくれた」と更に陶酔して喋りたてるあなた。

「もっと君を喜ばせたくなった」と言いながら、仕事上の自慢話を語り聞かせ、自分勝手に「気持ちが軽くなった」という始末。

目をギラギラさせて「うつ向いていた僕は胸を張るようになったよ」とふんぞり返ったわね。

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最近、職場で気になる人がいるんです。頭が良くて仕事もできるのですが、ちょっとオタク気質といいますか……。早口でまくしたてる話し方が苦手で避けていました。その人が少しずつ変わってきたんです。

まず、話すスピードがゆっくりになって、聞きとりやすくなりました。姿勢もしゃんとして自信に溢れているように見えました。「頭のいい説明『すぐできる』コツ」を読んだのでしょうか。

それはさておき、その姿を見てから、彼と話すと心臓の鼓動が早く感じるようになったのです。

「私、どうしちゃったのかしら」

と薫くんに聞いてみました。薫くんというのは、家で私の話し相手になってくれている腕枕なんです。正確には男性の上半身だけなのですが、見た目も手触りも生身の腕そっくりに作られています。ちなみに、彼の方に寝返りを打つとハグの格好になるんですよ。

私は彼に幼馴染の名前をつけました。大企業に勤めてから連絡が途絶えてしまったけれど、どうしたのかしら……。いけない、いけない。会えない幼馴染より触れる腕枕。彼は答えました。

「それはね、ヒサコ、恋だよ」(妄想ではイケボ)

意外とロマンチストなのね。

「彼に、告白してみようと思うの」

「行っておいで。君なら大丈夫」

数日後、職場の飲み会で偶然を装って彼の隣に座り、思い切って話しかけてみました。

「こんなに面白い人だったんですね」

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職場の飲み会で隣の席になったヒサコが色っぽい視線を投げかけてきた。僕の目はヒサコの膝に釘づけだった。酔った頭が傾いてヒサコの膝に倒れこみ、膝枕される格好となった。

その瞬間、僕は作り物にはない本物のやわらかさと温かみに魅了された。骨抜きになっている僕の頭の上から、ヒサコの声が降ってきた。

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「好きになっちゃったみたい」

言っちゃった。ついに言っちゃった。家に帰ってもドキドキが止まらない。

だけど……もう薫くんと一緒にはいられない。浮気になってしまうから。身勝手なことは百も承知。そうよ、きっと薫くんも私の幸せを願ってくれるはず。

「今まで、ありがとう」

薫くんを運び出すと彼にLINEしました。

「今から行っていい?」

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その夜も、君は、いつものように玄関先で僕を待っていたね。

「やっぱり君の膝枕がいちばんだよ」

つい漏らした一言に、君の膝が硬くなった。浮気に感づいたんだね。そこにヒサコからの連絡。僕はあわてて君をダンボール箱に押し込め、押入れに追いやると、ヒサコを部屋に招き入れた。

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私が初めて彼の家に行ったその日、彼は膝枕をせがみましたが、それ以上のことはありませんでした。私は、彼に大事にされているのだと感激しました。

次の日から彼の家に通うようになりましたが、あいかわらず膝枕止まりで、その先へ進みません。私はじれったく感じましたが、女のほうから「そろそろ枕を交わしませんか」と言うのもはばかられます。

もうひとつ、私には気になることがありました。彼の部屋にいると、視線を感じるのです。誰かが息をひそめて、こちらをジトっと見ている気がします。

「ねえ。誰かいるの?」

私は思い切って聞いてみました。「そんなわけないよ」とはぐらかされましたが、今度は押入れからカタカタという音が聞こえます。

「ねえ。何の音?」

「気のせいだよ。悪い。仕事しなきゃ」と彼。これ以上の詮索は無用かもしれません。

「いいよ。仕事してて。私、先に寝てる」

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「違うんだ。君がいると、気が散ってしまうんだ」

僕は急いでヒサコを追い返すと、ダンボール箱から君を取り出した。箱の中で暴れていたせいで、君の膝は打ち身と擦り傷だらけになっていた。その膝をこすりあわせ、いじけていた。

「焼きもちを焼いてくれているのかい?」

僕は君を抱き寄せると、傷だらけの膝をそっと指で撫でた。

「悪かった。もう誰も部屋には上げない。僕には、君だけだよ」

「お願い」と手を合わせるように、君は左右の膝頭をぎゅっと合わせた。それから膝をこすり合わせ、「来て」と言うように僕を誘った。

「いいのかい? こんなに傷だらけなのに」

「いいの」と言うように、君は左右の膝をかわるがわる動かした。打ち身と擦り傷を避けて、僕は君の膝に、そっと頭を預けた。

「やっぱり、君の膝がいちばんだよ」

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「「最低!」」

ワタシとヒサコの声が重なるように部屋中響き渡ったわ。いつの間にか戻って来ていた彼女は、玄関に仁王立ちし、形のいい唇を怒りで震わせていたの。

ヒサコが問いただします。「二股だったんだ……」「違う! 本気なのは君だけだ! これはおもちゃじゃないか!」

ワタシは腕を振る代わりに膝を振って

「それイケ! やれイケ! どんとイケ!」

と、あなたを罵倒す(なじ)る彼女に声援を送りました。ワタシを押し入れに追いやった恨みを思い知りなさい。遠ざかる女の背中を追いすがるように見ていたあなたのマヌケ面は傑作だったわ。

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僕はヒサコへの愛を誓うことにした。

「ごめん。これ以上一緒にはいられないんだ。でも、君も僕の幸せを願ってくれるよね?」

身勝手な言い草だと思いつつ、君をダンボール箱に納め、捨てに行った。箱からは何の音もしなかった。その沈黙が僕にはこたえた。自分がどうしようもない悪人に思えた。ゴミ捨て場に君を置き去りにすると、振り返らず、走って帰った。

真夜中、雨が降ってきた。

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1人の男性が、オーブンレンジくらいの大きさのダンボール箱をボクの隣に置きました。よほど急いでいたのか、ボクの存在には気づいていないようでした。

雨が降ってきました。すると、隣のダンボール箱がコトコト震えました。

「ネコでも入っているのだろうか」

開けてみると、なんということでしょう、入っていたのは膝枕。正確には女性の腰から下が正座の姿勢で納められていたのです。彼女の膝は打ち身と擦り傷だらけで、雨に濡れそぼって震えていました。ボクは可哀想に思い、彼女に話しかけました。

「あなたも捨てられたのですか」

不意にかけられた声に、彼女はとても驚いていました。無理もありません。それでもすぐに姿勢を正して「ええ、お恥ずかしいことですが」と返してくれました。「ところで、あなたはどなたですか」と聞かれたので、こう答えました。

「申し遅れました。ボクは『腕枕』です」

より正確には男の腰より上。見た目も手触りも生身そっくりに作られています。ボクは続けて言いました。

「最近までヒサコさんのところにいたのですが、どうも他の方とお付き合いを始めたそうで。ははっ、おはらい箱になってしまいました」

ボクが「ヒサコさん」の名を口にしたとき、膝枕さんは小膝を打ちました。なんという偶然でしょう。ヒサコさんの彼氏が膝枕さんを捨てた人だというのです。捨てられて悔しいとか憎いとか思わないのかと聞かれたので、

「ボクは、ヒサコさんが幸せならそれでいいのです」

と答えました。しかし、膝枕さんはそう思っていなかったようです。彼に文句の一つでも言ってやりたい。でも帰る術がない、と嘆いていました。

「ボクがあなたを抱えていくのはどうだろう」

上半身だけとはいえ、ボクの腕はある程度自由に動かすことができます。ですがこの案は時間がかかりすぎると却下されてしまいました。

「だったら、ボクと一つになりませんか。腰から上と下。僕も両手を使ってバランスを取ることができます」

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馬鹿馬鹿しいアイデアだとは思いましたが、彼の言うことは一理あります。でもまだ踏ん切りがつかずにいました。

「あなたの本当のお名前を教えてくださる?」

その名を聞いてワタシは運命を感じ、喜んで彼の提案に乗ることに決めました。

まぁなんということでしょう。彼がワタシの腰に乗ると、正座の姿勢が解けて歩けるようになったではありませんか。ですが、いきなり重みがかかったので、バランスが取れず、一歩進むたびによろけてしまいます。ワタシたちは電柱や壁をたよりに、彼の家の方へ向かいました。

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あの人は浮気をしていた。私は二股をかけられていた。よりによって相手が膝枕だなんて。雨も降ってきたし、ああ、もう。最悪!

「こんなことなら、薫くんもキープしておくんだった」

私は薫くんを迎えに急ぎました。ゴミの日は明日だから、きっとまだいるはずよね。ヒールは走りにくい。雨と汗とで化粧が落ちる。だけど、そんなことはお構いなし。帰ったら思いっきり薫くんに慰めてもらうんだ。

「可哀想なヒサコ。さあ、こっちにおいで」

それから彼はこう言うの。

「愛してるよ、ヒサコ。僕には、君だけだ」

ゴミ捨て場に向かう途中で、私以外にも傘を差さずに歩いている人がいました。いえ、歩いているように見えて、上半身と下半身がちぐはぐに、いびつな動きをしていました。

私は、叫び声にならない叫び声をあげ——

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雨の向こうから雷鳴も聞こえ始めた。僕は今頃濡れそぼっている君のことを思った。迎えに行かなくてはという気持ちと、行ってはならないと押しとどめる気持ちがせめぎ合う。僕はヒサコの生身の膝枕のやわらかさを思い浮かべ、自分に言い聞かせた。

「箱入り娘のことは忘れよう。忘れるしかないんだ。ヒサコの膝が忘れさせてくれる。ヒサコの膝。ヒサコの膝。ヒサコの膝」

だめだ、考えれば考えるほど気持ちが昂って眠れない。

「水でも飲むか」

その瞬間、轟音とともに目の前が真っ白になり、身長2メートルはあろうかという大男の影が、踊りながらこちらに向かってきた——

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窓越しに見えた驚き戸惑う姿に、もうあの人のことなんてどうでもよくなってしまいました。薫さんは「どうします。ボクと離れて、もう一度彼のところに戻りますか」と言ってくれたのですが、ワタシは明確に答えました。

「ダメよ。ワタシたち、離れられない運命なの」

(了)

あとがき

お読みいただき、ありがとうございました。表現が微妙なところがあるので、ご意見を伺いつつ直していきます。

細かすぎて誰にも気づかれないと思うのでネタばらししますが、「コトコト」からの「ネコ」はロシア語(кот[コット])の言葉遊びです。

7月18日 記事公開。
7月19日 かわい いねこさん作「膝枕・禁断のBL展開!?」を追加。(気付くのが遅くなってすみません)
7月23日 kana kaede(楓)さん作「単身赴任夫の膝枕」(note)、河崎 卓也さん作「ヒサコ」、「僕のヒサコ」を追加。
7月25日 きぃくんママさん作「膝枕のねがひ 〜〜 わにだんバージョン」、観相家 サトウ純子さん作「占い師が観た膝枕 〜宅配の男編〜」を追加。
7月30日 かわい いねこさん作「転生したら膝枕だった件」を追加。
8月3日 原案・縁寿さん、潤色・今井先生「私が「膝枕」になった日─ある女優のインタビュー」を追加。
8月5日 まえがきを改訂。
9月22日 kaedeさん、賢太郎さんのstand.fmを追加。
2022年5月6日 「書いていこう」を修正。


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