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文章は自分で考え、自分で書く

最近はチャットGPTに書きたいことを単語で伝えて
文章にしてもらうのが当たり前になってきていますね。

私は、ガジェット好き、新しもの好きで
iPad2から8枚のiPadを購入しましたし
個人でhome pageを作る人があまり居ない時代に
独学でホームページを作ったりしました。

ですが、ではなぜ、今チャットGPTを使わないのか?

もちろん調べ物などには使いますが、文章には使いません。

理由は二つあります。

初めての本を出版したときに
編集者から、文末は敬体(です、ます)ではなく
常体(だ、である)にするよう勧められました。

理由は主に次の二つ

1 文字数が多くなる
2 自信なさそうに見える

そして、敬体に一括変換した原稿が届きました。
内容は変わってないのですが、一番に感じたことは
「私の文章ではない」「私ではない」
夫に読んでもらいましたが、同じ感想でした。

そこで、私は、敬体のままで、あまりにも予防線を張っているような
表現は修正し、文字数減のために、内容を減らすことにしました。

チャットGPTを使わない理由の一つはそちらですが

もう一つは
文章を書けなくなる、ことへの不安です。

最近は、ナビ任せで、一度行ったところも
全く覚えていないし、市内でも普段行かないところから
帰るときには、「自宅へ帰る」を設定して案内どおりに帰ることが
よくあります。

そうなると、この道はどこに続いているのだっけ?
あそこを曲がるとどこに行くのだったっけ?
と考えてもわからないことが増えてきたのです。

あまり自分の頭の機能を「外注」してしまうと
考える力が無くなってしまい、もしもサイバーテロなどで
電子機器が一切使えなくなったときに
生き延びられないのではないかと思うのです・

まあ、そうなれば一人で生き延びても大変ですが
自然やハーブの知識があるので、放射能で汚染されない限り
なんとか生きていけるのではないかと思っているのです。

稚拙でも、他の誰でもない「私」でありたいと思っています。

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