『構想力ジャーナリング入門』という実験的な本が出ました
未稿をアップサイクルするという新発想
2018年に『構想力の方法論』(野中郁次郎氏との共著、日経BP)を出版した際に、じつは600ページ余りのテキストを半分くらいにカットして本に収めたのですが、編集を支援していただいた田中順子さんからその「余り」をアップサイクルしてはどうかというアイデアをいただきました。
そこで、note上で、日記スタイルのシリーズ記事「紺野登の構想力日記」(全16話)として、使われなかった生原稿を再編集して投稿しました。原稿をそのまま使うのでなく、その時々の思いととともに日記の形式になったのです。書籍とは異なる層の方々にも読んでもらえたようで、意外な反響をいただいたりと楽しい連載でした。
さらに構想力日記の終了時に、これを本にしようということになりました。どんな本にしようかと考えながら、日記スタイルはそのまま残したいなと思っていました。
『ベケット氏の最期の時間』と出会う
そんなある日、西荻窪の本屋で手にした本が『ベケット氏の最期の時間』(著者:マイリス・ベスリー、訳者:堀切克洋、早川書房)でした。これに強いインスピレーションを得ました。
この本は、日記の形態で、調査資料と作家サミュエル・ベケットが亡くなるまでの内面をいわば創作する虚実の混ざった形式の作品でした。
コロナ禍が2年以上続いて、自分と現実の関係はたしかに変化したなと、思っていました。この本では、ベケット氏の最期の日々が、現実と虚構とを行き来するようなかたちで描かれていくのですが、コロナとともにそれまでの日常が一変したいまの自分たちにとって、その感覚はさほど違和感のあるものではありませんでした。
中世ヨーロッパでのペスト大流行は当時のイタリアの文人に影響を与えました。韻文(韻律に従った文)から散文の時代がおとずれ、高尚なラテン語から俗語のイタリア語に変わっていきました。
大詩人ダンテは『神曲』を、自身の母語でもあるトスカーナ地方の口語で書きました。そこにイタリア各地の方言やプロバンス語やときにはラテン語起源の単語なども織り交ぜて、複数の言語と文体で壮大な長編叙事詩を作り上げたのです。
『神曲』が現れたように、コロナ禍はまだ見えていない大きな変化を人間の内面に生み出したのではないでしょうか。
ジャーナリングは創造の現場
そこでジャーナリングという技法は面白いな、と思いました。
もともとは時系列(客観的時間に沿って)で書かれたテキストが、主観的な時間では新たな語り(ナラティブ)になっていくという経験です。
編集の田中さんがすでにあるテキストにそうしたあらたな「時」を与えることで、再構成されたテキストが書籍『構想力ジャーナリング入門』です。
ジャーナリングは、イタリアの小説家で記号学者のウンベルト・エーコの『開かれた作品』で示唆されている、(アート)作品を「享受者の積極的介入によって意味内容が可逆的に発見される『開かれた』形態として見るという作業に似ています。
ジャーナリングそのものが、自分自身の時折々の語りを書き残していく作業あると同時に、その自分自身の時折々の語りは新たな語りを再構成する素材となっていきます。語った内容の云々ではない。うまい文章を書こうとか、そんなことはどうでもいい。ジャーナリングを通して潜在的な自分を理解できると、嬉しいのです。
また、ジャーナリング(すること)は「場」の創造でもあります。場の理論の研究者として、書籍化にさいしては「場としてのジャーナリング」についてのエッセイを新たに書きおろし収録しています。
“ナラティブ・リテリング(narrative retelling)“(語り直し、再話)がいま、セラピーの方法として関心をもたれています。自分自身の生活や人生をいったん問題としてとらえて語り直すことです。妄想や虚偽のストーリーでなく、語ることを通じて自分の現実に向き合って理解・行動する、というプロセスです。
ジャーナリングが求められる背景にはこうした潜在的な僕ら自身の「場」が横たわっています。これは個人だけでなく、社会や経済、経営にも通ずるものです。
Three Lines A DAY
そしてこのたびようやく出版の運びとなりました。
『構想力ジャーナリング入門 日々3行で自分と世界がつながる知の方法論』(Introduction to Journaling for Conception - Three Lines A Day)として、まずは電子版が出版されます。
今回、書籍化にさいしオランダの友人でビジュアル アーティストのハラルド・フルク(Harald Vlugt)とコラボできたことも嬉しいことでした。
表紙には美しい鳥たちの絵、文中にも「本」にまつわる作品を2点使わせていただいてます。
さて、書籍化の素となった「紺野登の構想力日記」ですが、長らく無料公開してきましたが、これ以降は有料とさせていただくこととしました。これまで読んでくださった皆さま、ありがとうございました。書籍では、note連載の内容は大幅に再編されまったく新たなものに生まれ変わっています。また構想力ジャーナリングの背後には、筆者の研究テーマの一つである「知識生態学」という現代知の体系のイメージがあるのですが、書籍ではこの知識生態学についての原稿も加えましたので、ぜひ書籍のほうもお手にとってみていただけたらと思います。
このあと、印刷した本も出ます。紙の本では、ジャーナリングのための場としての “BOOK & NOTE” なども実験的に作ってみたいと考えていて、本とノートをペアにした企画モノなども準備中ですのでどうぞお楽しみに。