主に日記。思考の片鱗(?)

主に日記。思考の片鱗(?)

最近の記事

心の中。

無表情だけど、 嫉妬してる。 無表情だけど、 羨んでいる。 無表情だけど、 憧れている。 無表情だけど、 超えたいと思っている。 無表情だけど、 無表情だけど、 泣きそうだ。 黒い感情が渦巻いて、 私の涙さえも押し込んでしまう。

    • 改善はしないあいつのこと

      最近、両親もクレカを勝手に使われたりで困っているらしい。母はクレカ停止して今は使われる心配ないけど、それでもあいつより先に寝ないようにしたりとかびくびく生活してるらしい。それが私ははやくて小6から続いてるってことを考えて欲しい。自分の身に起こらないと実感湧かないし感情移入も同情さえもできないのは当たり前だと思うけど、もっと早い段階で「辛かったね」「辛いね」の一言がほしかった。最初の頃は私も1回1回気づく度に怒ってたし問いただしてたけど、それであいつが反省するわけでも謝るわけで

      • ある人との関係について考える。

        彼女とは中学時代の友人だ。 細かく言えば、小学六年生から高校二年生くらいまでの仲。 LINEの内容は、ほとんどが私の恋愛相談。 今思えば関係が終わりに近づいたのは、私が学校に行かなくなった頃のように思う。 その時の私は今よりももっと臆病で、恋愛において積極的なアドバイスをもらってもそれを活かしたことなどなかった。あと一歩どころか、あと十歩くらいの勇気が出なかった。一回くらい彼女のアドバイスに従って行動して、恋の実らせたら良かったかもしれないが、一度も実ることはなく、今思えばそ

        • 人間として

           「歌い続けると、君は友達を失うことになる。」 もしそう言われたら 私はどうするだろう。 それでも歌い続ける選択をするような気がしてならない。 それくらい音楽に救われてきたし、音楽が好きだ。 ただ最近、私は新たに「誰かの居場所になる」という意志を増やした。 友達を捨てて歌を取る人間が、果たしてそんな居場所になれるのだろうか。 そんな歌が歌えるのだろうか。 歌う人間として、歌が好きな人間としては間違いなく歌を取る。 でもひとりの血の通った人間として、私はどちらを選択する

          本当の意味で、自分中心な世界

          この世界にはたくさんの創作物がある。例えば漫画。 たくさんあって、そこにそれぞれの世界が確立している。 それを見ていると、私たち三次元の人間にも、それぞれの世界があるように思えてならない。 私目線の世界に存在する人は、私のために存在する。 発する言葉も起こす行動も、全て私に何かを伝えようとしている。 たった数秒、すれ違っただけの人も、確実に私という人間を構成する成分の一部になる。 私の目の前にいる人にはまた別の世界があって、 そこに存在するかもしれない私は、きっとこの世界

          本当の意味で、自分中心な世界

          「今日はなんか良くない日だったな」

            なんか泣きそうで なんか虚しくて なんかイライラしちゃって 心の中でポジティブ変換しようとしても 途中で泣きそうになる 心の中の声なのに 夕飯食べてる時がいちばん泣きそうだった 「今日」というよりも、夜七時半以降の話で あることをきっかけにこうなった でも理由は分からない 寝ればなおるのか しばらくは心だけまたこのままなのか いつものように笑顔を作ってみても 全然上手くいかない 泣きそうになっちゃう

          「今日はなんか良くない日だったな」

          理想と願い、夢と現実。

          自分的には思い切って夢の話をしたつもりだったけれど、親は無かったことのように進路の話をする。 「それは別として」 大学に行っておかないと。 ちゃんと将来を考えておかないと。 もちろん、何かを深く学びたいと思ったら大学受験をするけれど、それまでは大学に行く意味なんて見い出せない。ただの手段として興味のないことを必死に履修するなんて納得できない。 私は、私に響かない言葉に頷かない。 「あなたの人生なんだから、好きなように生きなさい」 そう言ってくれる親が良かったと、今まで何度も

          理想と願い、夢と現実。