新米経営者の苦悩 − 理想が現実を上書きする時
「自分の直感」と「人の意見」、かみ合わない時って、ありませんか?
せっかくのアドバイスは素直に聞き入れた方がいい、でも心のどこかに違和感がある。直感には根拠がないから、扱いに困ります。
重要な決断をする時、何を大切にすればいいでしょう?
これは、初めて会社経営に挑戦し、エステサロンをオープンさせた、カヨさんの一ヶ月の物語です。
◆ 2021年9月
「窓の位置をもうちょっと下の方に……」
「電気の配線って、うまく隠せますか?」
「ここの壁のアーチの形はもっと曲線で」
サロンオープンまでの一ヶ月、カヨさんは準備と打ち合わせに追われていました。エステティシャンとしての経験は20年あっても、会社を立ち上げるのは初めて。気分は新米です。
「……やっぱり職人さんの提案通りでお願いします!」
お店の内装も、イメージしていた感じと実際の現場では、印象が全然違います。開業に必要な行政関連の手続きも含め、バタバタと慌ただしい日々が続きました。
それでも、今まで思い描いてきたものがいよいよカタチになると思うと、喜びはひとしおです。
これまで培ってきた手技と知識と、新たに取り入れた最先端の機器。トータルにお客様のケアができれば、きっと喜んでもらえるはず。
想いの実現のためと思えば、煩わしい手続きや準備も乗り越えられました。
◆ どんなお店でも、開業直後の課題は「集客」
カヨさんはこれまで、新店舗の立ち上げは何度か経験してきました。
オープニングで何より考えないといけないのは、集客です。見込みがありそうな人たちに知ってもらわないと、そもそも仕事になりません。
Webサイトの立ち上げ、チラシの制作、知人への声かけ、先輩経営者への相談……やろうと思えばできることはたくさんあります。
女性に限らず、内装工事の職人さんや経営者の知人といった男性と話していても、体のケアの必要性は感じられます。
「最近あまり寝れてへんねん」
「もともと体が硬いんです……」
「マッサージは行くけど、楽になるのはその時だけやな」
キレイになりたい女性はもちろん、疲れを癒したい男性にも、効果を感じてもらえる自信はあります。頭からつま先まで、体から心まで、「トータル」にケアすることがカヨさんの願いでした。
「施術オペレーションのモニターしてくれへん?」
「休憩ついでに、少し最新機器の体験してみてください」
「プレオープンイベントとして、コラボしましょう」
なるべく多くの人にお店を知ってもらって、まずは試してもらう。それは企業に勤めようと個人で働こうと変わらない、集客(マーケティング)の大原則でした。
◆ アイデアの難しいところは、無限に増えること
10月4日にグランドオープンを控え、カヨさんの仕事はますます慌ただしくなっていきました。
「1階と2階の使い分けは?」
「メニュー表の写真が間違ってる」
「男性用の着替えも用意せな」
「Webページの確認も」
「近隣へのごあいさつは?」
あらゆる方面からタスクが降ってきます。施術や営業だけに集中できればまだ楽なのですが、経営者はそうはいきません。
おまけに法人の設立やサロンの開業にあたって、いろんな人から経営のアドバイスももらっているので、期待に応えたい気持ちもあります。
「やらなあかんこと、めっちゃあるやん!」
「会社つくるって、こんな大変なん?」
お客様の体に触れるより、パソコンのキーボードを叩く方が多い日々が続きました。人を雇って、場所を借りて、会社も創って……後には引けません。
◆ オープン直前、見えてきた「本当に集中すべきこと」
内装工事が終わり、スタッフの研修が進み、いよいよオープンまで10日を切った頃のこと。
「ウェブサイトの大枠ができたので、確認お願いします」
外注していたWeb制作に動きがありました。文章作成、メニューづくり、スタッフ紹介……直感で行動するタイプのカヨさんには、どれも頭を悩まされた業務でした。
「ようやく、外向きに発信できる!」
お店のオープン前後は、マーケティングや告知が不可欠。そのための材料がようやく揃ってきました。カヨさんの不安材料が一つ解決し、いよいよ本腰を入れて発信です。
スマホでサイトを開き、ページを確認しました。
最初に目に飛び込んできた言葉で、カヨさんはハッとしました。
「キレイを通じて、幸せの連鎖を」
それは今までよく使ってきた言葉でした。
いつも仕事で念頭に置いてきた言葉でした。
新たな挑戦に向かう、原点にある言葉でした。
しかし、会社やサロンを作る準備と不安に追われるあまり、肝心なことを見落としていたのです。
「……そうやん、『キレイ』が大事やん!」
ウェブサイトの最初に掲げられたその言葉を見て、カヨさんは思い出しました。人の力を借りるのも、お店を開くのも、すべてはこの想いのため。
忙しさでバラバラに散らばっていた、タスクやプロジェクトの一つ一つが、パズルのピースのようにつながり始めました。
慌ただしい準備、経営への不安、人からのアドバイス。
心に寄り添うこと、体の声を聞くこと、芯まで癒されること。
お客様、エステティシャン、スタッフやチーム。
やらないといけない作業に追われながら、違和感はずっと感じていました。しかし初めての会社設立で、それと向き合うことを後回しにしていました。
カヨさん自身が、心を大切にすることをおろそかにしていたのです。
お店の準備や新規集客は、もちろん必要です。現代に生きる人たちの疲れを癒したい気持ちも、確かに感じています。でもその前に、
「キレイ」と「幸せの連鎖」は、外せません。
「初めてで不安になってたけど、大事なんはこっちやな」
絶対に揺らぐことのない自分の信念とビジョンが、カヨさんの心に戻ってきました。
一人の人に、心も体も満たされてもらうこと。
頭からつま先まで、全身でキレイを感じてもらうこと。
幸せな気持ちは、そこから少しずつにじみ出てくる。
幸せの連鎖は、そうやって人から人へと広がっていく。
原点に立ち返り、仲間やお客様に届けたい想いに触れ、カヨさんは取り組むべきことを見直しました。会社経営が初めてだからといって、集客が必要だからといって、不安や業務に飲み込まれてはいけません。
大切なのは、想いの実現につながるアクションに集中することです。
「『幸せの連鎖』につなげるなら、今の私にできることは……」
ウェブサイトの確認を終えると、カヨさんはスマホを閉じ、パソコンを開きました。
「大変、ご無沙汰しております。この度は……」
まとまらない想いを言葉にしながら、メッセージを打ち込んでいきます。気付けば気持ちは軽くなり、「やらないといけないこと」は「やりたいこと」に変わっていました。
「キレイ」を感じてほしい相手の顔が浮かぶと、カヨさんにも自然と笑みがこぼれます。
まさにこれから、「幸せの連鎖」は始まるのでしょう。
(To be continued...)
(文責:勉強を教えない塾福幸塾じゅくちょう)
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