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言葉にできないエステサロン 〜不思議な体験〜
(この記事は、小説『思考と対話』を舞台に、トータルエステサロンKRMの体験談をお届けする、「ハーフフィクション」の物語です。登場人物の背景や設定については、小説をご覧ください)
【人物紹介】
黒江竜(竜さん):営業職を勤めながら和太鼓チームで活動する会社員
竹中美佐枝:竜さんの営業先で委託を請け負うフリーの女性起業家
中里佳代子:トータルビューティーサロンKRMの女性オーナー
天野雫:将来や進路に悩む中学2年生、小説『思考と対話』の主人公
「黒江さん、そのカラダでは、仕事も本調子ではないんじゃないですか?」
先々週に竹中さんから言われたことを、中里さんからも言われた。
「周りの人よりは、仕事の成績は良い方なんですが……」
歯切れの悪い返事をしながら、竜さんは最近の状況を思い返した。
◆ 充実の後の不足
和太鼓を始め、イベントに出るようになってから、仕事の調子は悪くない。
営業成績は伸びたし、体も鍛えられた。最近は雫くんたちのような慕ってくれる後輩もできた。ヒョロヒョロで自信がなかった昔と比べると、はるかに充実している。ただ、
「できたらいいな」と願っていたことも、実現してしまえば日常になる。
憧れを実現することは、憧れを喪失することでもある、ということを、経験して初めて痛感した。周りの人と比べる生き方は望んでいない。もっと上を目指せるような、やりがいを求める時期に来ていた。
(仕事のクオリティを上げるか、和太鼓の活動の幅を広げるか……)
そんなことを考え始めた矢先、営業先の新しいプロジェクトで一緒になったのが竹中さんだった。オフィスやカフェで打ち合わせを重ねるうちに、竜さんは自分のこともオープンに話すようになっていた。
「ワンランク上の働き方を目指したくて」なんて話している時に、冒頭の質問が飛んできた。
「そのカラダでは、仕事も本調子ではないんじゃないですか?」
◆ 成功のパラドックス
竹中さんは複数の事業を手がけながら、学生にスイミング指導もしている。カラダの使い方が上手な学生ほど、大会も学業も優秀だという。姿勢や動作から調子の良し悪しを見極めるのは得意らしい。
「仕事と太鼓としてると、忙しくてなかなかケアまで時間が取れなくて」
「きっとそれは逆ですね。ケアしないから、時間がないんだと思いますよ」
竹中さんには、仕事でもスポーツでも実績がある。だから、言葉には何か説得力や重みがあった。自分なりの事情で反論することもできたけど、竜さんはあえて意見に従ってみることにした。
「整体に通っていたことはあるので、再開してみますね」
「それもいいですが、ちょっと不思議な経験をしてみません?」
「……不思議な経験?」
「一般的なケアより値段はしますが、黒江さんにはピッタリだと思います」
そう勧められて知ったのが、『トータルエステサロンKRM』だった。
「エステというよりは、もっと奥が深いものなんです」
「大阪にあるからか、高級なのにフレンドリーでおもろいですよ」
「何より施術が不思議で、なぜか笑えるんです」
「とにかく説明が難しいので、一度受けてみてください」
竹中さんは力説してくれたものの、いまいちイメージがつかめない。だから竜さんは、まずその言葉を信じて飛び込んでみることにした。
(雫くんたちも、多分こんな気持ちでチャレンジしているんだろう)
予約フォームに進み、休日で施術が受けられる日を確保して、竜さんは当日を迎えた。
◆ 行動の始まり
大阪市営地下鉄の江坂駅に着くと、そのまま北口から出る。
およそ7分ほど歩くと、駅前の賑やかさから離れていく。
そして公園や民家を通り過ぎた先に、KRMはあった。
「ベルは鳴らさず、そのまま二階へお上がりください」
表記に従って、竜さんは静かにドアを開けた。
「いらっしゃいませ。ようこそ〜」
玄関に入るとすぐ階段があり、上の方から明るい声が響いた。すぐにオーナーの中里さんが降りてきて出迎えてくれた。
「迷いませんでした?」
「マップを見ながら来たので」
「今日はゆっくりしてってください」
「お世話になります」
軽快なあいさつを交わすと、竜さんはそのまま二階へ上がった。
「うち、こんなお喋りな感じでやってますが、大丈夫ですか?」
「はい、話しやすい方がリラックスできます」
「じゃあお茶を用意する間に、こちらのシートだけご記入をお願いします」
空間は高級そうだけど、対応はフレンドリーだった。親しみやすそうでも、対応や気遣いには敬意が感じられる。竜さんはエステが初めてで身構えていたけど、緊張はすぐにほぐれた。
(Webで見た「エステ歴20年」って、やっぱり何かすごいなあ)
◆ 実体験の瞬間
ヒアリングを済ませ、要望をひと通り伝えると、早速着替えに案内された。
着替えもスペースもこだわりが詰まっていて、女性には特に好評らしい。
「施術はもちろん、雰囲気や会話も含めて『トータル』なんです」
中里さんの話を聞くと、竹中さんが勧めるだけのことはあると思った。これから体験する3時間のフルコースに、竜さんは期待を寄せた。
一階へ降り、足湯に温まっているうちに、中里さんは竜さんのカラダの状態を確認した。そこでまた、冒頭の質問が飛んできた。
「黒江さん、そのカラダでは、仕事も本調子ではないんじゃないですか?」
「周りの人よりは、仕事の成績は良い方なんですが……」
「ワンランク上を目指すには、カラダの根幹から見直したいですね」
中里さんの言葉は明快で、さっきまでのフレンドリーな雰囲気とは違った。プロとしての自信というか、頼りになりそうな様子が感じられた。
「ただがむしゃらに仕事をがんばればいいわけじゃないとは思ってました」
「そうやってがんばる人ほど、カラダへの負担が何年も積み重なるんです」
「僕くらいの世代だと、疲れってみんなこんなもんかなって……」
「それが普通になってて、そもそもベストな状態を知らないんです」
説明を受けながら、竜さんは自分のカラダの中を想像してみた。そういえば、仕事のタスクのことばかり考えていて、カラダの内側に意識を向けることは少なかったかもしれない。
◆ 言葉にできない経験
そんなことを考えているうちに、中里さんは何か機械を準備し始めた。
「それは何ですか?」
「これはリリースカッターといって、痛くない筋膜リリース……」
話の途中で機械の準備ができたので、中里さんはそのまま施術に入った。
「説明するより体験してもらいましょう。まずはうつ伏せでお願いします」
いよいよここからが本番だ。
「電気を流すので、心地よくピリピリしてきたら教えてくださいね」
……グローブが触れているふくらはぎに意識を向ける。
「疲れていると感じにくいかもしれませんが、どうですか?」
「……まだですね」
「ではもう少し強くしますね……どうですか?」
「……うーん、まだ特に何も」
「だいぶお疲れかもしれませんね……どうですか?」
「……あー、ちょっと何かピリッときたような……」
「あ、すみません。電極つないでませんでした」
肩の力が一気に抜けた。
(これが大阪か)
気を取り直して電気を流すと、すぐにピリピリした感覚が伝わってきた。
……おお。
……これは何というか。
……ふふ、ふふふふ。
……うおおおお。
言葉にならない声を出しながら、竜さんは施術に浸った。
(これは確かに、どう表現していいか……)
……足……腰……背……首……腕……ふふふ。
心地よい電気の流れを感じているうちに、施術時間が過ぎていった。
◆ 感覚の落差
「……はい、お疲れさまでした!」
フェイシャルとヘッドスパを重ね、3時間はあっという間に過ぎた。
気付けば寝てしまっていたらしい。ボーッとしているものの、頭と体は軽くなった気がする。
「ゆっくりしてくださいね」
中里さんの合図で体を起こし、髪を整え、ソファに腰掛けた。テーブルにはお水が用意されていて、口に含んでようやく少し目が覚めた感じがした。
「思いっきり集中する時間と、存分にリラックスする時間、しっかりメリハリつけてあげてくださいね」
……それからのことは、あまりよく覚えていない。
少しゆっくりした後に着替え、会話を交わし、次の予約をして帰ったことは確かだ。でも、あまりにもカラダがほぐれていて、頭が働かなかった。
(集中とリラックス、オンとオフって、こういうことなのかも……)
うまく言葉にできないものの、何か感覚的に理解できた気がした。
◆ 感覚をつかんだ後の世界
最近調子が良いのは、おそらくこの経験があったからだろう。
カラダの奥底には、まだ自分でつかみきれていない感覚が眠っている。それを知覚できるようになった時、仕事の質はもう一つ上がりそうな気がする。
営業先の開拓や部下への指導が増え、竜さんは相談に乗る機会も多くなってきた。仕事ができる人ほど、現状に満足せず、「ワンランク上」を目指していることもわかってきた。
だから竜さんは、話をじっくり聞いた上で、堂々と答えるようにしている。
「ちょっと不思議な経験をしてみません?」
(To be continued…)
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