研究所のデータ:実行のトリガー
……人々の想像が創り出した町、加美原町。
この町の住人は発想を広げることが好きだ。
今日も「これから」を考える一日が始まる。
◆ 加美原町には、「研究所」がある。
ある時、住人の誰かが言った。
「みんなの悩みを記録に残していけば、これからの誰かの相談に役立つんじゃないか?」
それ以来、この町では『思考と対話の技術』が研究され始めた。
「ちょっと考えたいことがあって……」
「うまく説明できないんですが……」
たとえうまく言葉にできなくても、この町では人に話してみることが奨励されている。
こうした思考と対話の技術は、総称して『GIV(ギブ)』と名付けられた。
◆ 本日の研究材料:アイデアを実行に移すには?
和太鼓チーム「一気一遊」に所属する竜さんは、研究所の常連だ。(竜さんについては、小説『思考と対話』を参照)ダメサラリーマンから町一番のパフォーマーに転身した経験を、人に活かそうと通っている。
ある土曜のお昼過ぎ、そんな竜さんのもとへ、中学生の康介が訪ねてきた。
「康介くん、久しぶりだね! 元気にしてた?」
「はい! 一応、普段の生活は楽しんでます。ただ……」
去年の夏祭りで出会って以来、康介・雫・博希の三人は、何か相談があるとよく竜さんを訪れた。
「わかった。ちょうどさっき山形からさくらんぼが届いたから、食べながら聞くよ」
たまに竜さんが出してくれる研究所のおやつは、中学生にとってちょっとした贅沢だ。こうして今日も、思考と対話の「研究」が始まった……
◆ 実行に移せない自分を責める必要はない
テーブルに着くと康介は、相談のために書いてきたノートを取り出した。
「夏休みは、雫と博希と何か挑戦しようって話してるんです」
「去年とは大きな違いだね!」
「それで、まず日常生活からがんばろうってなって、読書を始めたんです」
「日々の習慣は大事だから、中学生のうちからできるといいね」
「でも、やるって決めて、やる気はあるんすけど、全然できてなくて……」
康介はノートに書いた日記やメモを見せながら状況を説明した。
竜さんはグラスにアイスティーを注ぎながらそれを聞いていた。
「決めたのにできないから、自分を責めてしまう、ってわけだね」
「そうなんすよー」
「ホント、昔の俺を見てるみたいで懐かしいなー」
「竜さんはどうやって解決したんですか?」
「それ、実は意外とカンタンなんだ。ひとまず、康介くんが悪いわけじゃないから大丈夫!」
さくらんぼをパクパクと口にしながら言われても、と康介は内心で思ったけど、言葉には力強さがあった。そういう竜さんの親しみやすさが、いつも康介たちに安心感と希望を与えているのかもしれない。
竜さんはおしぼりで手を拭くと、今度はペンを持って康介に尋ねた。
◆ 人から聞かれて初めて気付く、実行不足の原因
「これは俺も失敗したことだからね。『読書』についてちょっと聞くよ」
□ 読書は何時頃に取り組むつもりでいる?
「えっと、夏休みは時間に余裕があるから、空き時間に……」
□ どの本を読むか、決めてる?
「うちにあるラノベとか、博希から借りてきたお金の本とか……」
□ その本から学びたいことは?
「……え、読んでみないとわかんないっす」
□ 読書は家のどこの部屋でするか決めてる?
「自分の部屋かリビングのソファっすね」
□ 読書を始める合図、終わる合図はある?
「……特にないっす」
質問と回答を紙に書き終えて、竜さんは言った。
「ほらね、読書っていっても、全然具体的じゃないでしょ」
「……っていうか、そんなに先に考えないといけないんすか?」
「いけないわけじゃないけど、その方が実行に移しやすくない?」
竜さんはそのまま紙に二つの言葉を書いた。
① 毎日30分読書をする
② 夜10時から30分、自分の机に向かって、歴史が学べる小説を読む
「これならどっちの方が実行に移しやすい?」
「間違いなく②っすね。時間と場所を意識すれば、できそうっす!」
「具体的に決めたつもりでも、全然具体的になってない。それがほとんどの実行力不足の正体なんだ」
自分では具体化したつもりでいたから、康介はノートを見返してちょっと悔しかった。次のページを開くと、赤ペンで大きく言葉を書き加えた。
「いつ、どこで、何から……もっと具体化する!」
◆ 実行に必要なのは、「点」
「実行って、全部が難しいわけじゃなく、一番難しいのは最初なんだ。とっかかりさえつかんでしまえば、意外と最後までやりきるものだよ。学校の勉強もそうでしょ?」
「そういえば、テスト勉強やだなーって思ってるうちは全然できないっすけど、一度始めたらそれなりに続きますね」
「こういう始まりにあたる部分を、この研究所では『実行のトリガー』と呼んでいるんだ」
竜さんはピストルの絵を描きながら、引き金に印をつけて「トリガー」と書き加えた。
「ピストルは、引き金を引けば、最後まで飛ぶでしょ? 実行も同じだよ」
それからしばらく、康介はノートにメモしながら考えた。
「俺の場合、読書の引き金って何すかね?」
「実際に試して、データを取りながら、康介くんの生活に合った読書のタイミングを見つけられるといいね」
それからしばらく、竜さんは質問を加えながら、康介のシミュレーションに付き合ってくれた。さくらんぼとアイスティーが空っぽになる頃には、康介の頭の中はアイデアで満たされていた。
◆ さあ、何から始めてみようか?
康介が研究所を出る頃、まだ外は蒸し暑く、太陽がギラギラと輝いていた。
「今晩からできそうなので、帰ったら早速やってみます!」
新しい発想を手に入れた康介は、早く実行したくてうずうずしていた。
「また1週間後くらいに結果を教えてよ。研究データとして残しとくから」
自分との対話が役に立ったと思うと、竜さんも気持ちが晴れやかだった。
「『実行のトリガー』っすね、またしっかり報告します!」
自分の挑戦が竜さんの研究に活かされていると思うと、康介も嬉しかった。
康介が帰った後で、竜さんはおやつの食器を片付け、メモをパソコンに打ち込んだ。
「……これでよし、と。夏休み、俺も何かやってみようかな」
今日も思考と対話を繰り返して、『GIV』は少しずつ磨かれていく。
(To be continued...)
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