『桜を継ぐ 〜プロローグ〜』(株式会社藤大30年史)
(1993年某日)
「会社から内職もらってきたし、やるわ」
そう言って、夫が小さなコンテナボックスを持って帰ってきた。まさかそれが従業員100人弱を抱える企業に発展するなんて、藤田大子(ハルコ)は想像すらしていなかった。
「そうなんやー、がんばってな。(これでちょっと家計助かるかも)」
ハルコが最初に考えたのは、本当にそれだけだった。当時のハルコは、美容師。子どもも生まれ、育児と家事と仕事に精を出していた。仕事は楽しいし、子どもとの時間も愛おしい。だから夫が内職を持ち帰ってきた時、心に決めていたことがあった。
「私は、絶っ対、手伝わへんからね」
半導体の部品を扱う夫の職場では、半年ほど残業がカットされることになった。家計には厳しく、夫も夕方以降の時間を持て余していた。だから、稼ぎと時間の問題をクリアしてくれそうな内職はありがたかった。
ただ、ハルコには半導体の部品を扱う知識や技術はない。
「……リードカット加工?」
専門用語にも馴染みがないから、新たに仕事や勉強の手間が増えるのは避けたかった。自分は育児と美容の仕事を、夫は本職と内職を、それぞれ精一杯つとめる。そんなバランスの取れた生活を描いていた。
そこから、ハルコの人生の歯車は狂い始めた。
株式会社藤大、30年の軌跡の物語は、ここから始まった。
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