構造力学メモ(その7)せん断ひずみエネルギー説とミーゼスの降伏条件

 前回は、最大せん断応力とトレスカの降伏条件について紹介した。トレスカの降伏条件は、材料内の最大せん断応力がある値になると材料が破壊(降伏)するという分かりやすいものであった。

 しかし、ミーゼスの降伏条件は、八面せん断応力やミーゼス応力がある値に達すると材料が破壊(降伏)するというもので、イメージがわきづらい気がする。
 八面せん断応力がある値に達すると破壊するというのは分かりやすい気もするが、八面せん断応力は最大せん断応力よりも小さいので、先に最大せん断応力が限界に達して破壊するのでは?という疑問もある。

 そのあたりの話は、今回の、せん断ひずみエネルギー説を紹介を通して、それがミーゼスの降伏条件と同じであること、つまりミーゼスの降伏条件は、せん断応力ではなくエネルギー的な条件であることを理解することで、多少は疑問が解消するのではないかと思う。

(とはいえ、このあたりの降伏条件の話は、結局は実験によって確かめるべきもので、いろいろ説をあげたところで、最終的には実験と合うか合わないかが重要である、ともいえるけれど)。

1.応力とひずみの関係(構成則)の分解

 せん断ひずみエネルギー説については、まず弾性エネルギー(体積あたりの)を知る必要がある。弾性エネルギーは、以下のように表される。
  今回の議論では、(アインシュタインの)総和規約を用いて、同じ添え字がある場合はその添え字について和をとることとして$${\Sigma}$$を省略する。はじめて、この話を聞いた時は、そんなことしても大丈夫なの?と思ってしまうが、大丈夫である。

$$
U=\frac{1}{2}\sigma_{ij}\varepsilon_{ij}
$$

 この式は応力とひずみの関係式(構成則)を使うことで、ひずみエネルギーを応力(と弾性係数)だけで表すことができる。
 等方弾性体の場合は、応力とひずみの関係式(構成則)は、以下のようになる($${\lambda,\mu}$$はラメの定数)。

$$
\sigma_{ij}=\lambda\varepsilon_{kk}\delta_{ij}+2\mu\varepsilon_{ij}
$$

 両辺を$${i}$$について和をとる。途中、$${i}$$を$${k}$$に置き換えているが、これは和をとるときの添え字はなんでもいいからである。Kは体積弾性率である。これが体積弾性率になることは、各種弾性体力学の教科書などを見てもらいたい。

$$
\begin{align*}
\sigma_{ii}&=\lambda\varepsilon_{kk}\delta_{ii}+2\mu\varepsilon_{ii}\\
\sigma_{kk}&=3\lambda\varepsilon_{kk}+2\mu\varepsilon_{kk}\\
&=(3\lambda+2\mu)\varepsilon_{kk}\\
&=3K\varepsilon_{kk}
\end{align*}
$$

 計算を行うと、$${\sigma_{kk}}$$と$${\varepsilon_{kk}}$$が比例していることが分かる。そして、もとの応力とひずみの関係式から上記の式の1/3を引くと、偏差応力$${s_{ij}}$$と偏差ひずみ$${e_{ij}}$$の関係式が求められる。$${\mu}$$はラメの定数であるが、せん断弾性率(または剛性率)$${G}$$と等しいことが知られている。

$$
\begin{align*}
\sigma_{ij}-\dfrac{1}{3}\sigma_{kk}\delta_{ij}&=\lambda\varepsilon_{kk}\delta_{ij}-\dfrac{3\lambda+2\mu}{3}\varepsilon_{kk}\delta_{ij}+2\mu\varepsilon_{ij}\\
\sigma_{ij}-\dfrac{1}{3}\sigma_{kk}\delta_{ij}&=\lambda\varepsilon_{kk}\delta_{ij}-\left(\lambda+\dfrac{2\mu}{3}\right)\varepsilon_{kk}\delta_{ij}+2\mu\varepsilon_{ij}\\
\sigma_{ij}-\dfrac{1}{3}\sigma_{kk}\delta_{ij}&=2\mu\left(\varepsilon_{ij}-\dfrac{1}{3}\varepsilon_{kk}\delta_{ij}\right)
\end{align*}
$$

$$
s_{ij}=2\mu e_{ij}=2Ge_{ij}
$$

 偏差応力と偏差ひずみはきれいに比例していることが分かる。もとの応力とひずみの関係式(構成則)は、少しわかりにくく感じるところもあると思うが、平均応力と平均ひずみ、偏差応力と偏差ひずみの関係式はかなり単純なことが分かる。

 せん断弾性率に比例していることから、偏差応力と偏差ひずみは、せん断に深く関係していることが分かる。実際、八面せん断応力の記事でも、偏差応力がせん断応力ベクトルであることを確認していた。
 偏差応力、偏差ひずみというとよく分からないので、応力のせん断成分やひずみのせん断成分、というような感覚のほうが理解しやすいのかもしれない。

2.ひずみエネルギーを応力(と弾性係数)で表す

 上記の式は、ひずみエネルギーを計算する際に便利である。もとの応力とひずみの関係式からひずみエネルギーを応力(と弾性係数)だけで表そうと計算すると、応力とひずみがキレイに比例していないので、計算が若干ややこしくなってしまう。
(実際に試しにやってみると面白いかもしれない)

 偏差応力と偏差ひずみを使うと、そのあたりの応力とひずみが単純な関係になるので、計算がしやすい。
 実際、ひずみエネルギー(体積あたりの)を偏差応力と偏差ひずみ、平均応力$${\sigma_m=\frac{1}{3}\sigma_{kk}}$$、平均ひずみ$${\varepsilon_m=\frac{1}{3}\varepsilon_{kk}}$$で表して計算すると以下のようになる
 偏差応力の対角和$${s_{ii}=0}$$、偏差ひずみの対角和$${e_{ii}=0}$$なので、計算が幾分楽になっている。

$$
\begin{align*}
\frac{1}{2}\sigma_{ij}\varepsilon_{ij}&=\frac{1}{2}(s_{ij}+\sigma_m \delta_{ij})(e_{ij}+\varepsilon_{kk}\delta_{ij})\\
&=\frac{1}{2}(s_{ij}e_{ij}+\sigma_m e_{ij}\delta_{ij}+\varepsilon_m s_{ij}\delta_{ij}+\sigma_m\varepsilon_m\delta_{ij}\delta_{ij})\\
&=\frac{1}{2}(s_{ij}e_{ij}+\sigma_m e_{ii}+\varepsilon_m s_{ii}+\sigma_m\varepsilon_m\delta_{ii})\\
&=\frac{1}{2}(s_{ij}e_{ij}+\sigma_m \cdot 0+\varepsilon_m \cdot 0+\sigma_m\varepsilon_m\delta_{ii})\\
&=\frac{1}{2}(s_{ij}e_{ij}+3\sigma_m\varepsilon_m)
\end{align*}
$$

 そして、平均応力と平均ひずみの関係、偏差応力と偏差ひずみの関係から、応力のみの式にすると以下のようになる。
 $${J_2=\frac{1}{2}s_{ij}s_{ij}}$$を代入すれば、ひずみエネルギーが平均応力の成分と偏差応力の第二不変量によって表すことができることが分かる。
 偏差応力の第二不変量であらわすことができるので、当然ミーゼス応力でも表すことができる。

$$
\begin{align*}
\frac{1}{2}\sigma_{ij}\varepsilon_{ij}&=\frac{1}{2}(s_{ij}e_{ij}+3\sigma_m\varepsilon_m)\\
&=\frac{1}{2}\left(\frac{1}{2G}s_{ij}s_{ij}+\frac{1}{K}\sigma_m^2\right)\\
&=\frac{1}{2G}J_2+\frac{1}{2K}\sigma_m^2\\
&=\frac{1}{6G}\sigma_{eq}^2+\frac{1}{2K}\sigma_m^2
\end{align*}
$$

 平均応力で表される、ひずみエネルギーは体積変化のエネルギーであり、偏差応力の第二不変量やミーゼス応力で表されるエネルギーはせん断ひずみエネルギーと呼ばれる。

3.せん断ひずみエネルギー説とミーゼスの降伏条件

 通常、金属の破壊(降伏)というのは、金属の構造がずれることによって発生すると言われている。そしてそのずれというのは、通常体積変化を伴わない。
 深海にカップラーメンの容器を沈めると容器は壊れることなくただ小さくなってミニチュアサイズになる映像などを見たことがある人もいるだろう。あれは、水圧のようなあらゆる面から作用する圧力に対しては体積が変化するだけで破壊が発生しないことを意味している。平均応力はまさに水圧のようにあらゆる面から作用する応力であるため、体積変化だけを発生させ、破壊(降伏)には影響しないと言われている。

 つまり、金属の破壊(降伏)にはせん断ひずみエネルギーのみが影響すると考えられる。
 ミーゼスの降伏条件とは、せん断ひずみエネルギーがある値に達すると降伏する条件、であると言える。
 これがせん断ひずみエネルギー説である。
 エネルギーで表すことで、八面せん断応力のようなせん断で壊れるイメージがつきづらくなるかもしれないが、最大せん断応力が大きくなっても、せん断ひずみエネルギーがある値を超えないと破壊(降伏)はしない、という意味では分かりやすいのではないかと思う。
 ミーゼスの降伏条件とは、せん断応力よりもエネルギー的な条件と言えるのかもしれない。

4.おわりに

 せん断ひずみエネルギーの計算は、まともに計算すると結構、というかかなり大変である。それがテンソルとして総和規約や平均応力や平均ひずみ、偏差応力と偏差ひずみを使うと、結構楽に計算することができる。
 せん断ひずみエネルギー説自体は、インターネット上にも解説が多く、教科書にもたいてい載っているので、今回の記事はどちらかというと、こちらのせん断ひずみエネルギーの簡単な計算方法として紹介したかったところがある。
 とはいえ、このテンソルの総和規約による計算は、ほんとにこんなことやっていいの?という不安もあると思うので、ちゃんと計算する方法も確認しておいた方がいいかもしれない(当然、この記事を書くにあたって、材料力学などの教科書を確認しているので、安心?してほしい)。

 3次元の主応力を求める記事から流れで、ミーゼス応力や材料の破壊(降伏)について書いてきた。
 ミーゼス応力については、はじめて見た時は、なにか難しい計算式で難しく感じることが多いのではないかと思う。しかし、実は応力テンソルという複雑なものを単純化するものであり、途中で紹介したように設計の実務などでもよく出てくるものであるので理解しておくと便利な概念である。
 これまでの記事で、なんとなくミーゼス応力などについて感覚をつかんでいただけていたら幸いである。

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