戦争についての正しい知識

8月13日(土)晴れ

今日は私の60歳の誕生日。いつの間にかそんなに時が流れたのか。今年は戦後77年なので、考えてみたら私は戦後17年目に生まれているのだよな。子供の頃はまだ傷痍軍人とか見かけたし、絵に描いたような乞食の人とかも実際にいた。いつの間にか世の中は変わってきたけど、色々なことがわからなくなったり、逆に色々なことがわかってきたりもしているなあと思う。

国家総動員体制というのものについて、こういうやりとりをTwitterで読んだ。

これは、国家総動員というものを日本史でしか学んでいない弊害なのだと思う。国家総動員体制というのは第一次世界大戦の時に前例がなく戦争が長引き、国家の資源を全て注ぎ込む総力戦になって、そのために物的資源や人的資源を全て戦争に注ぎ込むための体制、すなわち国家総動員体制が構築されたのが始まりで、日本は第一次世界大戦を深刻には体験していないので、この戦争を観戦した陸軍の永田鉄山らがドイツの例を研究し、日本も次の戦争に備えてこの体制を構築しなければならないと提言したことから始まったものだ。

永田は「新軍事教本」でこのような動員体制を築いて、十分な兵站を確保し、後顧の憂なく戦える陸海軍にとって理想的な環境を築こうとしたわけだが、道半ばで斃れた。現実に築かれた総動員体制は各種の戦争絵巻で書かれているような不十分なものに過ぎなかったので、日本人にはマイナスのイメージが強く残っているのだろう。特にそれが統制経済と結びついたことで非常に印象が悪くなった。

しかし国家総動員はアメリカでもやっている。日米開戦後、20万人に過ぎなかった陸軍兵力は終戦時には400万に膨れ上がっていて、民生品を作る工場の多くが国に義務づけられて兵器や軍需品の生産に転換させられた。ピーター・ドラッカーの著作にもこの辺りの転換が描かれているものがあり、世界一の工業力を持ったアメリカの動員体制の凄まじさは、読んでいて日本がこれに勝つのは難しかっただろうなというのはよくわかる。

そういう意味で、戦争に対する正しい知識のようなものは、戦争経験者だから身につけているというものではなくて、教育によって理解する、身につけることは可能であり、また「侵略戦争」と「防衛戦争」の区別などについても、教育によってその意義の違いを説き、理解させていくことは可能であると思っている。

そろそろ正しい知識を身につけた日本人を育てていく時代にきているのではないかという気はする。

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